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「MARCH」書評 人種差別との過酷な闘いを体感

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月14日
MARCH 1 非暴力の闘い 著者:ジョン・ルイス 出版社:岩波書店 ジャンル:伝記

ISBN: 9784000612630
発売⽇: 2018/03/28
サイズ: 25cm/121p

MARCH  1非暴力の闘い 2ワシントン大行進 3セルマ勝利をわれらに [著]ジョン・ルイス、アンドリュー・アイディン [絵]ネイト・パウエル

 何も知らなかった。公民権運動の歩みを力強く描く本書を読んで僕は思った。
 確かに、リンカーンの奴隷解放宣言やワシントン大行進でのキング牧師の演説「私には夢がある」は学校で習ったし、本でも読んだ。だがこの本を読んで読者が感じるものは全く違う。
 僕らはいつしか、差別と暴力の渦巻く1950年代から60年代のアメリカ南部にいる。そして黒人たちとともに、ただ人間として生きる権利を求めただけで直面する恐怖や、それでも奮い起こした勇気を体感しながら、暗い時代を旅する。
 主人公は若き活動家にして後の下院議員ジョン・ルイスだ。アラバマの農家に生まれ聖書の言葉に魅せられた彼は、鶏たちに説教をする心優しい少年だった。だが黒人たちの苦境を知った彼は自らを鍛えていく。
 たとえば、黒人は白人の学校には通えず、バスの座席もトイレも別々だった。思いつめた彼は仲間たちと、食堂の白人専用カウンターで座り込みを始める。彼の思想の基盤となったのは、ガンジーやソロー、イエスに学んだ非暴力的抵抗という思想だ。暴力に対して暴力で返しても状況は変わらない。ただ、倫理的な気高さで立ち向かったときだけ、大きな変化は起こる。
 しかしそれは苦難の道でもあった。平和的な抗議に対して、白人たちは度を超した暴力をふるう。それだけではない。仲間が次々と非合法的に殺されていく。あまりの脅しと怒りに同士の信念も揺らぐ。
 それでもルイスは殴られ続け、投獄され続ける。なぜやめないのか。ここで折れたら、自分たちを尊敬できなくなるからだ。そして黒人は白人より劣った人間だと認めることになるからだ。やがて彼の運動は大きなうねりとなり、ついには社会全体を変えてしまう。
 正義を求めて地道に闘い続けること。「行くべき場所にはたどりつくものなんだ」という彼の言葉に、僕は現代アメリカが生んだ最も優れた思想を見た。
    ◇
 John Lewis 米下院議員▽Andrew Aydin ルイス議員スタッフ▽Nate Powell コミックアーティスト。