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くるり岸田繁が読む「大家さんと僕」 幸せのカタチは本当にいろいろ

 お笑い芸人、カラテカ矢部太郎のペンによる最初の作品が、手塚賞を獲るという快挙からして、どんな作品なんだろうと高い期待を抱いて読んでみた。

 短編漫画作品として素晴らしい作品であると同時に、現代社会の映し鏡のようなメッセージに溢れている。高齢化社会や家族制度など、現代日本のさまざまな社会問題に鋭く切り込むそのクオリティに驚かされる。

 人肌の温かさと、丁度いい感じのユーモアに溢れたトーン、そして淡々とした画風も相まってサクサクと読み進めることができる。

 矢部氏が実際に住んでいるというアパートと、その大家さん。彼ら2人の日々のコミュニケーションから生まれた心温まるエピソードは淡々としているようで、実に表現豊かに描かれる。

 近年、TVアニメの「サザエさん」に代表されるような家族の価値観、あるいは全体主義的な日本人特 有のリテラシーが、時代と共に別のものに取って代わられていることを痛感する。そこに、一介のノスタルジーと一抹の不安を感じつつも、移り行く時代と共に、人々の価値観も大きく変わりつつある。

 人々はスマートフォンを所有し、SNSの中で見えない隣人と会話をする時代になった。

「他人を思い遣る」ということは、道徳心や義務ではなく、その人のことを知っていく過程での「気付き」だということを再確認する。その人がそこに居る理由、そして生きている事実、その人のことを知りたいという「気付き」が、その人だけではなく誰かの心の支えになるんだろうと思うと、胸が熱くなり涙が溢れそうになる。

 矢部氏は、この漫画の世界の中、つまり現実の彼が生きる世界の中で、他人を深く思い遣りながら生きている。思い遣りとは決して自己犠牲のことではない。多様性という社会の中で、決して諦めることなく個人の存在に気付くことだ。そして、それは自分自身をよく知るということでもある。