ライトノベルでは、現代人がファンタジー世界に行って活躍する「異世界転生もの」が一大人気ジャンルとなって久しい。だが行く者があれば来る者もある。佐藤友哉『転生! 太宰治 転生して、すみません』はタイトル通り、かの文豪・太宰治が現代日本に転生してくる物語だ。1948年、玉川上水に入水したはずの太宰治は、気がつくと2017年の三鷹を歩いていた。右も左もわからない太宰は、それでも持ち前の「道化ぶり」を発揮、さっそく心中相手を見つけ、開始わずか50ページで、枯れた玉川上水に代わり、今度は井の頭公園で入水する……するな。
三島由紀夫賞の受賞作家である佐藤が描く本書は、まずコメディーとして大変面白い。お約束のごとき自殺未遂に続き、太宰はメイド喫茶で踊りあかし、因縁の深い芥川賞のパーティーに乱入し、隙あらば志賀直哉の文句を言う。しかもそれが、特徴的な太宰の冗舌体を見事に再現した文章で書かれるのだから、笑いをこらえるのも困難だ。くわえて平成に転生した太宰が異世界転生ファンタジーにハマったり、売れない地下アイドルをプロデュースせんと彼女のブログを添削したりする場面なども実に楽しいが、同時にそれは現代文化を通じ、逆に太宰の魅力を考察する試みと感じられた。
だが、なんと言っても本書の達成は、単なる文体模写を超えて、まさに平成に太宰を転生させたところだと思う。本書の太宰は自己嫌悪と自己愛が入り交じる複雑な自意識を抱えながら、同時に、常にそんな自分を面白おかしく語らずにはいられない道化として描かれる。対して、そうした太宰を描く佐藤もまた、青年の鬱屈(うっくつ)した自意識を克明に描く一方で、自作の売り上げ不振を、時には自虐的にネタにするなどして、デビューの当初から太宰治との関連性を指摘される書き手だった。そんなふたりが双方の魅力を引き出し合うことで、見事に太宰を現代へと蘇(よみがえ)らせている。
太宰は詳しくないという方も、まずは本書を手にとってほしい。おかしくも哀(かな)しく、切実なのにおどけるのをやめられない平成の太宰を読むうちに、きっと太宰本人の著作も読みたくなってくるはずだから。=朝日新聞2018年9月29日掲載
編集部一押し!
- 新書速報 金融史の視点から社会構造も炙り出す「三井大坂両替店」 田中大喜の新書速報 田中大喜
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 彩坂美月さん「double~彼岸荘の殺人~」インタビュー 幽霊屋敷ホラーの新機軸に挑む 朝宮運河
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社