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時代を変えた教皇VS.実父の裁判

評者: 山室恭子 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月06日
エドガルド・モルターラ誘拐事件 少年の数奇な運命とイタリア統一 著者:デヴィッド・I.カーツァー 出版社:早川書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784152097903
発売⽇: 2018/08/21
サイズ: 20cm/568p

エドガルド・モルターラ誘拐事件 少年の数奇な運命とイタリア統一 [著]デヴィッド・I・カーツァー

 はるかなる母星へ新発見の報告を送ります。
 かねてより我々を悩ませていたシュウキョウという、この惑星特有の事象解明の端緒が得られました。
 ひとりの少年をめぐって、シュウキョウ上の争いが起きます。少年の名はエドガルド・モルターラ、6歳、ユダヤ人。時はキリスト暦1858年、場所はイタリアの古都ボローニャ。ある通報がカトリック側に入ります。少年はモルターラ家に仕えた「召使い」の女によって、すでに洗礼を授けられている、と。
 キリスト教徒となった少年をユダヤ教徒のなかに置くのは、神の御心に反します。教皇はただちに警官を派遣して家族のもとから少年を引き離し、ローマの施設に収容します。泣き叫ぶ母親から幼児を奪う。聖母マリアも顔を背けそうですが、カトリックの教理に照らせば、これが当然の措置であったのです。
 ところが、時あたかもイタリア国家の成立期で、世俗の攻勢を受け教皇の影響力は凋落中でした。少年の父は我が子を取り戻す戦いを挑み、新聞など国際世論も味方します。かくて、ひとりの少年の帰趨が教皇の権威失墜の最後の一押しとなってゆくのです。
 さらに注目すべきは、大量の手紙や裁判記録に残されたナマの証言によって、当事者たちの心境が詳細にたどれることです。実の父も教皇も、少年を「息子」として抱こうと、先例を調べ、証人を探し、全力を傾けます。丁々発止の論戦からは、キリスト教の引き立て役を強いられたユダヤの悲運や、崩れゆく足元を踏みしめて一歩も退かない教皇など、シュウキョウが、この惑星の人びとの心中に深々と食い入っている、驚嘆すべき様相が露呈します。詳しくは、同送の大部の書物をごらんください。
 けっきょく少年はキリスト教の修道士として、異国ベルギーで祈りの生涯を全うします。はるかなる母星、いえ母国への思い、いかばかりだったでしょうか。
    ◇
 David I.Kertzer 1948年生まれ。ブラウン大教授。歴史学、社会人類学。本作はスピルバーグ監督で映画化決定。