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「オトナの保健室 セックスと格闘する女たち」書評 凝り固まった価値観からの解放

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年12月22日
オトナの保健室 セックスと格闘する女たち 著者:朝日新聞「女子組」取材班 出版社:集英社 ジャンル:生き方・ライフスタイル

ISBN: 9784087880069
発売⽇: 2018/10/26
サイズ: 19cm/258p

オトナの保健室 セックスと格闘する女たち [著]朝日新聞「女子組」取材班

 朝日新聞夕刊での連載「女子組・オトナの保健室」が単行本化された。テーマは「セックス」である。
 夫婦間の性の問題を主に女性の側から扱った本書を独身男性の私が読んで、ズシンとくるこの読後感は『カラマーゾフの兄弟』や手塚治虫の『火の鳥』レベルのものだった。いや、どの文章も軽くて、田房永子さんの漫画も楽しいし、時間にしたら数時間で読み終える。しかしこの本が目指すところは、単に女性に「あるある」と共感をもたらすことではない。
 性の問題はプライベートなことである以上、総論など存在しない。あるのは個別具体論だけだ。たとえばセックスレスに悩む人たちの意見の横に、私たち夫婦は二人ともセックスしなくていいと思っているしスキンシップは毎日しているので幸せ、なんて意見も出てくる。女性向けAV(アダルトビデオ)の話や、夫婦間で風俗OKにしたといった人の意見もある。多様な意見を読んで、自分が縛られている価値観から解放されていく感覚を体験してほしい。なんなんだこの感覚は! そして解放された後に、あまりにも違いすぎる価値観が淡々と列挙されている様に、ズシンときて考えるのだ。
 オトナになると自分なりの意見を持つ。意見はやがて「価値観」に成長し、次第に自分を縛っていく。知らない間に脳が凝り固まっていないだろうか。この本には、結論も、批判も、べき論も存在しない。しかし、考える状態のやわらかい脳に戻してくれる効能がある。本書から滲み出てくるのはひたすら「コミュニケーションを取ろう」ということ。
 自分が求めるぶんだけ相手が求めてくれるなんていうのは幻想だ。お互い求めていたって差異はある。その大小の溝は、対話を通してしか乗り越え得ない。その対話の材料に本書はうってつけだ。女性読者だけなんてもったいない。これは、男たちこそ読むべき本なんじゃないか?
    ◇
 朝日新聞夕刊(東京本社版、大阪本社版)の連載「女子組・オトナの保健室」に新たな取材を加えてまとめた。