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#16 すべてはきっとタイミング ベトナム・ホーチミン

ベトナムのホーチミンにて。当時の私の写真は「人」の日常を切りとったような写真が多い。

 2014年5月、新聞記者として青森市に住んでいた私は、上司の許可をもらって、ベトナムのホーチミンに一人旅に出かけた。新聞社の地方支局は少人数で県内の日々のニュースを追わなければならないので、なかなか連休が取りづらい職場環境だったのだが、当時の私の上司はオンとオフの切り替えを大切にする人で、「いいじゃん、行っておいでよ」と快く送り出してくれた。

 学生の頃は、暇さえあれば海外旅行に行っていたのだけれど、社会人になってからは初めての海外一人旅だった。なぜベトナムのホーチミンかと言われると、明確な理由はないのだが、一人旅で楽しめて、約1週間の滞在でほどほどに満足できる場所ということで選んだ気がする。青森から一旦羽田に出なくてはならず、移動コストはかかってしまったけれど、ルートを考えたり、どこに行こうか、何を食べようかとあれこれ思いを巡らせたりする時間さえも楽しかった。

道路に座り込んで食材を売る人
道路に座り込んで食材を売る人

 ホーチミンの街をひたすらに歩き回った。ガイドブックで得た情報をもとに、観光名所とお店を何店舗か訪れてみたけれど、何だか型にはまった感じがして、半日で飽きた。自分の旅の嗅覚と直感だけで、街のあちこちを歩く方がずっとずっとワクワクしていられた。

 道路に座り込んでボードゲームに熱中するおじさんたち。甘ったるいベトナムコーヒー。突然降り出したスコール。地元の人がオススメだよと教えてくれたフォー。マーケットに漂う生臭さと香菜の香り。通りかかって見た、水上人形劇。一目惚れして買ったサンダル。

 きっとそれらは何の変哲もないホーチミンの日常だったと思うし、私はそこら辺にいる旅人のひとりだっただろう。けれど、当時の私にとっては、何もかもが刺激的に感じられて、泣きたいほどに美しく見えた。

 新聞記者の仕事は好きだったし、環境には比較的恵まれていたが、あの頃の私は、日に日に大きくなる将来への不安を払拭できずに、自分一人で苦しんでいた。このホーチミンの旅を経て、まぁ何をしたわけでも無いのだけど、「思うがままに生きればいいんだ、私の人生だもの」と素直に思えるようになった。もっともっと自由に生きてみようと思った、きっかけの旅と言える。

マーケットにあった布生地屋さん
マーケットにあった布生地屋さん

 広告会社に勤務しながら週末だけで世界一周をした“リーマントラベラー”こと東松寛文の『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』(河出書房新社)を読んだ。東松さんが海外旅行にはまったのも社会人3年目のとき。それから週末や3連休を駆使して世界中を旅し、6年間で42カ国90都市に渡航。さらには16年10月から12月に「週末だけで世界一周」という“偉業”を成し遂げている。

「サラリーマン」という生き方しか知らなかった僕にとっては、旅で出合った生き方すベてが新鮮で衝撃的でした。だからこそ、知らない生き方をもっと見たくて旅へ行き続け、生き方には選択肢があることに気がついたのだと思います。179ページ

 東松さんの「日本にいる時間をトランジット」と捉える旅のスタイルも、現地の人たちとどんどん交流しようとする姿勢も、読んでいて面白い。読むと元気になれる本だ。

 ふと、青森にいた頃の私が、この本に出会っていたらどうなっていただろう、と想像する。会社を辞めずに、“リーマントラベラー”になっていたかもしれないし、また違った人生の選択をしていたかもしれない。きっとすべてはタイミングなのだ。