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ポーかラヴクラフトか夢野久作か ポーランドの怪奇幻想作家グラビンスキに中毒者じわり

文:朝宮運河

 ステファン・グラビンスキは「ポーランドのポー」「ポーランドのラヴクラフト」の異名をもつ怪奇幻想作家だ。1910年代から30年代にかけて活躍した彼は、生前名声を得ることはなく世を去ったが、第二次大戦後再評価され、その作品は英語やロシア語など多くの言語に翻訳されている。
 わが国では数年前、鉄道怪談集『動きの悪魔』(国書刊行会)が邦訳されたのをきっかけにあらためて注目が集まり、『狂気の巡礼』(同)、『火の書』(同)と代表作の紹介が相次いだ。今では母国ポーランドに次いで、もっとも多くの作品を読めるのがここ日本だという。
 昨年末に刊行された『不気味な物語』(同)は、その4冊目となる邦訳作品集。1922年に刊行された同タイトルの短編集を中心に、奇想と狂気に満ちた1ダースの恐怖譚を収めている。ポーランドの怪奇幻想小説といってもイメージが湧かない方も多いと思うので、以下具体的に紹介してみよう。

 米作家エドガー・アラン・ポーの影響を受けたとされるグラビンスキの短編は、ある意識状態にとらわれた主人公が、逃れがたい破滅に向かって突き進む、というパターンの作品が多いようだ。同性愛的な友情で結ばれた司祭と鐘つき番が、一方の堕落によってともに滅びてゆく「弔いの鐘」。予知夢と突然死の関係を扱った「遠い道のりを前に」。自己催眠によって記憶を失った男が自らの過去を知って絶望する「追跡」。物語の結末はいつもバッドエンド。その先には人知を超えた世界が、ほんの一瞬だけ顔を覗かせる。
 着想の面白さでは「視線」が随一だろう。不慮の事故で恋人を失った主人公は、開いたドアや曲がり角の向こう、物陰などに言いようのない恐怖感を抱くようになる。そのうち自分の背後に怖いものが潜んでいる、という思いこみにとらわれて……。主人公が落ちこんでゆく異常心理と、取り憑かれたような語り口のすさまじさは、まさにグラビンスキの独壇場だ。

 『動きの悪魔』では鉄道が、『火の書』では炎が統一テーマとして掲げられていたが、本書はエロティックな物語が多く含まれているのが特徴。いわゆるファム・ファタル(宿命の女)に魅入られた男の破滅を描く「シャモタ氏の恋人」、年齢不詳の美女と同棲した男がみるみる衰弱してゆく「サラの家で」、少年少女の危うい性愛を扱った「屋根裏」などだ。いずれも死と背中合わせにある官能性であり、ベッドはやがて主人公の死に場所となる。美しいヴェネチアの風景を取り込んだ「情熱」は、エロスとタナトスが絡まり合う名品だ。
 ちなみに私がグラビンスキの諸作から連想するのは、ほぼ同時期に活躍した日本の探偵作家・夢野久作。一人称の熱っぽい語り口、分身や影といったテーマへのこだわり、運命論的な世界観。いくつもの共通点が浮かぶ。久作もポーの影響を受けていたとはいえ、遠く離れた日本とポーランドで、類似性のある怪奇幻想小説が書かれていたことは興味深い。

 本書の刊行によって、グラビンスキの代表短編はほぼ日本語で読めるようになった。しかしこの作家にはまだ分からないところがある。もっと知りたいと思わせる何かがある。グラビンスキ人気の最大功労者である翻訳者・芝田文乃氏には、引き続き未訳長編の紹介も期待したい。