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謎の本を探し 謎の迷宮へ 森見登美彦「熱帯」

 古今東西謎めいた本を主題にした本は多いが、これはまたなんとすごい幻想書物だろう!
 タイトルにもなっている謎の書物は、その登場の仕方もミステリアス。まず、作家本人が登場し、若い頃、本書と同名の書をたまたま手に取ったものの読了前に紛失し、以後探しても入手できないどころか、そんな本自体が存在していたのかが疑わしいというエピソードを披露する。
 読書家にとってラストがわからないということ自体が苛だたしいのに、入手困難とは!
 本好きならこの設定だけで、何やら好奇心にとりつかれてムラムラするところ。同じように奇妙な出会い方によって引き寄せられた登場人物らが、調査に乗り出す。当の書物は一九八二年出版、著者は佐山尚一。だが彼は出版後行方不明である。
 追いかければ追いかけるほど、増大していく謎。ますます募る好奇心。そうなのだ。人がいかに謎にヨワイかを知っているかのような展開なのだ。
 さて、本書の謎解きに一役買っているのは『千一夜物語』である。ありとあらゆる物語の面白さを集合したかのような物語は、一人の女性が生き延びようと紡ぎ出されたもの、と本書は喝破する。そして、本書の文学的仕掛けは、『千一夜物語』の構造研究を前提にしている。文学理論が発達した現代では、何をどうやっても見抜かれ、ありふれたものに堕す怖れがありそうだが、本書はそうした理論的見解も軽々といなし、現実と幻想の間をすり抜けながら、驚くべきラストにたどり着く。
 そう。冒頭の作者だけでなく、謎本に魅せられ追いかけてきた読者も本書に巻き込まれる。
 さすがは、かつてしがない大学生の日常生活をあんなにも面白く味わい深くロマンあふれるものにして、我々の目を開かせてくれた作者である。読了後のスリリングな余韻は、決して忘れられるものではない。こんなやり方があったのか!とこの作者の知的手腕に心から感服したのだった。
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 文芸春秋・1836円=4刷9万5千部。2018年11月刊行。4月に発表される本屋大賞にノミネートされている。担当編集者によると、直木賞候補を機にファン層を超えて広がったという。=朝日新聞2019年2月9日掲載