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「ニムロッド」「1R1分34秒」 平成ラスト飾る仮想空間への抵抗 朝日新聞書評から

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月16日
ニムロッド 著者:上田岳弘 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065143476
発売⽇: 2019/01/26
サイズ: 20cm/136p

1R1分34秒 著者:町屋 良平 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103522713
発売⽇: 2019/01/25
サイズ: 19cm/140p

ニムロッド [著]上田岳弘/1R1分34秒 [著]町屋良平

 仮にいま「平成の文学」を振り返るとするなら、この30年で大きく変わったことのひとつはバーチャルな空間の出現だろう。
 かつて小説における「私」は代替のきかない絶対的な存在だった。ところがインターネットが日常のツールと化した今日、「私」は「インストール」したり「プロデュース」したり「なりすまし」たりできる不確かな存在にすぎず、彼らの世界も現実感の薄い仮想的な空間と地続きだ。
 「平成最後の芥川賞受賞作」であるこの2作にも、平成らしさは色濃く影を落としている。
 上田岳弘『ニムロッド』は、システムサーバーの保守を業務とするIT関連企業が舞台。語り手の「僕」こと中本哲史は38歳。仮想通貨・ビットコインの採掘を命じられ、数字を相手に日がな一日パソコンに向かっている。
 その中本と頻繁にメールのやりとりをしているのが、名古屋に転勤した先輩社員の荷室仁である。小説家志望だが新人文学賞に何度も落選しており、中本には、ネット上の「まとめサイト」に着想を得た「駄目な飛行機コレクション」なる断片的な文章を送り続けている。荷室のハンドルネームは旧約聖書の登場人物と同じ名前のニムロッド。はたして荷室が書きはじめた小説は……。
 一転、町屋良平『1R(ラウンド)1分34秒』はプロボクサーの物語である。「ぼく」は?歳。デビュー戦でKO勝ちした後は負けが込み、崖っぷちに立たされている。研究肌を自任する彼は対戦相手の情報を集めすぎ、ビデオを見すぎて、試合の相手と「親友になった」ような錯覚に陥るのだ。
 試合相手との距離感がつかめない彼に新しいトレーナーのウメキチは奇妙な提案をした。「おまえ、研究魔だろ? おれもおまえになったつもりでビデオみてやったぜ。だからおれは、おまえの対戦相手に成りきってみる」
 身体感覚を描く能力の高さが評価されての受賞だったが、同時に「ぼく」が映像などのバーチャルな相手と常に向き合い、常に戦っていることも見逃せない。
 余談ながら1988年下半期、「昭和最後の芥川賞受賞作」は、南木佳士『ダイヤモンドダスト』と李良枝『由熙(ユヒ)』だった。『ダイヤモンドダスト』は信州の病院で働く看護師を、『由熙』は韓国に留学した在日の女性を描いており、それぞれアイデンティティのゆらぎを含みながらも、私小説の伝統に乗った作品だった。
 新受賞作は、あきらかにテイストがちがう。だけど彼らは、バーチャルな空間への懐疑と抵抗も示している。仮想的な現実が、抑圧として働く世界。平成のラストを飾るに相応(ふさわ)しい感覚だろう。
    ◇
うえだ・たかひろ 1979年生まれ。「太陽」で新潮新人賞、「私の恋人」で三島由紀夫賞▽まちや・りょうへい 83年生まれ。「青が破れる」で文芸賞。「しき」で芥川賞と野間文芸新人賞の候補。