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「平成の終焉」書評 「おことば」めぐる刺激的な議論

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月27日
平成の終焉 退位と天皇・皇后 (岩波新書 新赤版) 著者:原武史 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004317630
発売⽇: 2019/03/21
サイズ: 18cm/223,35p

平成の終焉 退位と天皇・皇后 [著]原武史

 親子同居し国民に理想の家族像を示す。ひざまずき、同じ目線で国民一人ひとりに話しかける。「開かれた皇室」を意識する天皇明仁(本書の表記に従う。以下同じ)のスタイルはしばしば「平成流」と呼ばれる。
 けれども「平成流」は一朝一夕に成ったものではない。天皇が皇太子時代、沖縄を訪問した際に火炎瓶を投げつけられたひめゆりの塔事件、バッシングによる皇后美智子の失声症など、天皇皇后の道のりには幾多の苦難があった。被災地への訪問に対しても、当初は、警備に人手を割かねばならず「ありがためいわく」だといった批判が見られた。
 本書は、日本国憲法が定める象徴天皇制に適合した新しい皇室像を求めて天皇皇后が試行錯誤し、ついに「平成流」を確立した過程を丁寧に描く。公の場では天皇の一歩後ろを歩く皇后美智子が、皇太子妃時代から福祉施設の訪問などを主導し、「平成流」の方向性を形作っていたとの指摘は興味深い。
 被災者にひざまずく振る舞いは保守派から批判を浴びもしたが、天皇明仁は以後も継続した。戦前のような天皇の過度の権威化を避けるためだろう。だが皮肉なことに、大多数の国民が「平成流」を支持したことで天皇の求心力はかえって拡大した。
 「平成流」の光と影が最も先鋭的に表れた現象として、著者は退位問題を位置づける。天皇の意思表明を受けて生前退位を可能とする特例法を制定するという流れは象徴天皇制の矩をこえた疑いがあるが、そうした懸念は世論によってかき消された。2016年8月8日の「おことば」を終戦の詔書(玉音放送)と比較する著者の議論は挑発的かつ刺激的である。ポスト平成の皇室論も示唆に富む。
 天皇皇后らの考えをうかがえる資料は限られるため、踏み込みすぎに思える解釈も幾つか見られた。しかし著者の大胆な推論をきっかけに、学界で議論が深まることを望む。
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 はら・たけし 1962年生まれ。放送大教授(日本政治思想史)。『昭和天皇』で司馬遼太郎賞。『皇后考』など。