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藤巻亮太の旅是好日 被災地に埋もれた一人ひとりのストーリーを掘り起こす

文・写真:藤巻亮太

 この国はいつだって、自然の猛威がするどく迫ってくることから逃れることはむつかしいのかもしれない。でもだからこそ、向き合わなければならないことがあるのだと思う。

 僕は今年の4月からJ-WAVEで「HEART TO HEART」というラジオ番組のナビゲーターをつとめている。あの東日本大震災から8年がたち、いまなおいろいろな問題に直面している現地にでむき、被災された人々から直接お話をきいてまわる。そして、スタジオでも様々なゲストとともに一緒に未来への展望を考えていくというスタンスの番組だ。この番組はすでにシーズン7をかぞえ、1年ごとにナビゲーターが交代しており、僕は作家の重松清さんからバトンを引き継ぐ格好となった。

 引き継ぎは番組内でおこなわれ、重松さんにとっての最終回は、僕にとっての初回となった。重松さんのコメントの端々からこの番組にかけてきた思いが伝ってきて、僕は身が引き締まる思いだった。震災から8年、もちろん、あのときのことは覚えている。だが、記憶が少しずつ風化してきているのもまた事実で、僕はこの番組を引き受けるにあたって、当時のことを学ぶべく何冊かの本を読むことにした。そのうちの一冊が友人から借り受けた『前へ!東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』(麻生幾、新潮社)だ。

 この本は、警察、消防、自衛隊、行政の人たちが震災直後からどのように動いたか、どんな働きをしたかということに焦点をあてる現場ドキュメンタリーだ。僕は、発災して「しばらくの間」をおいて、被災地に入り、炊き出し支援をはじめ微力ながらできる限りのことはした。だが、僕のようなボランティアが被災地に入るまでの間に、どれだけの人を救い、どれだけの大きな仕事を成した方々がいたのか、そのリアリティを、この本を通して改めて実感することができた。

 本のなかで「啓開(けいかい)」という聞きなれないコトバが出てくる。これは地震や津波で寸断されてしまった道を、まずは切り開くことを意味する。「復旧」や「復興」よりも以前の段階で、ガタガタでもよいから、とにかく最低限、人命救助と捜索を行うチームの車が通れる道を開く。この「啓開」は、国土交通省の東北地方整備局というふだんはあまり聞きなれない組織の人たちによって行われた。余震がつづき、いつまた津波が襲ってくるかわからないなかでも、パワーショベルを動かす者たちは前へ、前へ、とただ道を開くべく突き進んでいく。しかし、その者たちが足止めをしてしまうシーンがある。作業をつづける現場と指令を発するオフィスの間での電話による差し迫ったやりとりにこんなものがあった。

「膨大な量のガレキに阻まれて進めません!」「ガレキ?そんなもの、バックホー(パワーショベル)でこじ開けろ」「それが、ふつうのガレキじゃないんです・・・」「普通のガレキじゃない!?」「ガレキの中には・・・人がたくさん・・・」
(『前へ!東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』より)

 ガレキのなかにご遺体が多数埋もれこんでいるのをみつけて、現場はパワーショベルから手作業に切り替えていく。僕はここで胸にこみあげてくるものを抑えることができなかった。

 2011年4月7日に僕は、被災地に炊き出し支援のため石巻から女川町に車で入った。いまでも覚えているのは、あたりには現実のものとは思えないくらいガレキの山はあったが、確かに車が通ることのできる道がそこにはあった。ただ、そのときは周囲のガレキや支援のことで頭が一杯で、その道が開かれるまでの現実はわかっていなかった。すみやかな「啓開」が施されなければ、必要な支援が行き届かないし、もちろん、僕もまたそこに至ることすらできなかったはずなのだ。そんな当たり前の事実にこの本を読み改めて気づかされたのだ。

 「啓開」にかけた人たちは、目の前の危険をかえりみずに自分のやるべきことを一生懸命にやった。被害を受け、ライフラインがとまり、孤立し、水没し、そのなかでも、多くの人が助けを待っているから一刻もはやくという思いが本から伝わってくるのだ。一方で、作業を行う現場との指令を発するオフィスの間にもいろいろな葛藤があったようだ。現場は皆がとにかく前へ前へとはやく進みたいと焦る。だから無理もしてしまう。一方で、指令を発する側にたてば、現場の人たちの安全も確保をしなければならない。なにが正解だったなどとはいえないのだろう。僕がもし現場の立場なら、どんどん前へいきたい。でも指令する立場なら、きっと、はやる気持ちにブレーキをかけさせただろうし、そこに葛藤もしたことだろう。

 これから「HEART TO HEART」という番組を通じて、被災した人、被災地で活動した人などからさまざまな話をきいていくことになる。そしてあたりまえだけど、僕らは言葉でもって意思の疎通をしていく。たとえば「被災地」、「被災者」という言葉がある。この言葉があるからこそ、一言で震災という存在をわれわれは即座に漠然とイメージすることも、それを共有することもできる。

 ただ、一方で、この言葉が覆い隠してしまうなかに一人一人の具体的な重いストーリーがある。そして、これらをしっかりと掘り起こしていくことで、われわれは多くを学べるのだと思う。だから、僕はナビゲーターとして可能なかぎり一人一人のストーリーに丁寧に向き合い、しっかりと考えていきたい。そして、四方を海に囲まれ、地震から逃れることのできない日本に生きていくことに紐づけて、未来にむけて発信をしていきたいと思っている。