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『「帝国」ロシアの地政学』書評 特殊な「主権」観で動くプーチン

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月07日
「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略 著者:小泉 悠 出版社:東京堂出版 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784490210132
発売⽇: 2019/06/25
サイズ: 20cm/291p

「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略 [著]小泉悠

 昨今は「地政学」を冠した本が書店に多数並んでいるが、胡散(うさん)臭いものも見受けられる。本書はそれらと一線を画し、プーチンらロシア支配層の地政学的な世界観を明らかにした快著だ。
 ソ連から独立した新生ロシアは多様な民族・文化・宗教を内に抱え込み、しかも建国の理念を示すことができなかった。このためロシアはナチズムへの勝利の記憶によって国民を繋ぎ止めている。一方、ソ連崩壊により2600万人とも言われるロシア系住民がロシアの国境外に取り残された。
 国境と民族分布が一致しない状況に規定され、プーチンは旧ソ連諸国を、ロシアが一定の影響を及ぼすべき「勢力圏」とみなした。そして「勢力圏」に住むロシア系住民の保護を名目に、国際法を無視した軍事介入をしばしば行っている。
 しかしプーチンは旧ソ連域外においては、他国が人道的理由に基づいて紛争地域に介入することに反対し、国家主権の尊重を主張してきた。一見矛盾するプーチンの態度はどのように正当化されるのか。
 その鍵として著者が指摘するのは、プーチンの特殊な「主権」観だ。プーチンは「NATOに依存するドイツは主権国家ではない」と示唆したことがある。つまり他国に安全保障を依存する国は「主権国家」ではない。よって日本も「半主権国家」であり、まして旧ソ連諸国がロシアの影響下に置かれることは当然視されてしまう。
 ロシアの目にはNATOの東方拡大やカラー革命、2014年のウクライナ政変は、米国によるロシアの勢力圏切り崩しに映る。グルジア(現ジョージア)やウクライナへの侵攻をプーチンが防衛的行動と強弁した所以(ゆえん)である。この論理は国防上の要請であると同時に国民統合の手段でもある。
 ロシアの帝国主義的な主張に賛同する必要はないが、彼らの論理を知らなければ、北方領土交渉の進展は望めない。著者の知見はますます求められよう。
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こいずみ・ゆう 1982年生まれ。東京大特任助教(ロシアの安全保障政策)。著書に『軍事大国ロシア』など。