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「あの人は今」書評 闇と人情 時代の空気を活写

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月23日
あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集 著者:高部務 出版社:鹿砦社 ジャンル:エンタメ・テレビ・タレント

ISBN: 9784846313203
発売⽇: 2019/10/30
サイズ: 19cm/325p

あの人はいま 昭和芸能界をめぐる小説集 [著]高部務

 本書の舞台は芸能界だが暴露本の類(たぐい)ではない。聞いたような名が出てきたり、こんなふうなこともあったなと思い出し笑いをしたりする読者もいるかもしれないが、眼目はそこではない。
 歌は世につれ……時代を検証するには流行歌や映画やスターといった芸能界を眺めるのが手っ取り早い。芸能記者だったこともある著者は華やかなりし芸能界の内幕に詳しく、登場人物の言葉や仕草のひとつひとつ、混沌とした猥雑感さえもが昭和そのもの、時代の空気が活写されている。
 昭和の芸能界は、雲上の大スターの時代から、TV番組「スター誕生!」をきっかけにスターに憧れて田舎から出て来た若者たちが席巻する時代に変化していった。芸能界に限らず当時はだれもが野心のかたまりだった。スターになりたい、人気がほしい、地位や名誉そしてもちろんお金がほしい……お金さえあれば、なんだって買えるような気がしたものだ。
 本短編集に「蘇州夜曲」という一編がある。田舎の素封家が、かつて戦地で生きぬく支えとなった歌を忘れられず、歌手志望の娘のために財をつぎこみ、芸能プロの口車に乗せられて土地まで売ってすっからかんになってしまう話だ。売り物の歌手に手をつけてしまい消えてゆくマネジャーや鳴かず飛ばずで場末のスナックに流れてゆく男女、今なら大騒ぎになる菓子箱の底に札束……なんていうのも日常茶飯事だった。
 著者は前書きでこう記している。昭和の芸能界は「清濁併せ呑む」が通用した。「深く暗い闇の裏側も当然あるが、人間臭く人情味に溢れている世界であることも確かだ」と。善悪は別にして、熱気に満ちた、哀愁のただよう世界だったことは事実だろう。しかもふしぎに悲壮感がない。それは本書を読んでもわかる。
 お調子者もお人よしも役立たずも、しくじって笑われて泣きをみて……なんでも許容されていた時代が今となってはなつかしい。
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たかべ・つとむ 1950年生まれ。週刊誌記者を経てフリーに。著書に『大リーグを制した男 野茂英雄』など。