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「経済的理性の狂気」書評 拡大する資本主義の本性を批判

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月07日
経済的理性の狂気 グローバル経済の行方を〈資本論〉で読み解く 著者:デヴィッド・ハーヴェイ 出版社:作品社 ジャンル:経済

ISBN: 9784861827600
発売⽇: 2019/09/25
サイズ: 20cm/320p

経済的理性の狂気 グローバル経済の行方を〈資本論〉で読み解く [著]デヴィッド・ハーヴェイ

 社会というものは存在しない、あるのはただ個人のみである。こう言ったのはサッチャー首相であるが、同じ口調でハイエクは、資本主義経済というものは存在しない、あるのはただ個人に基礎を置く市場経済だけである、と言った。社会主義の崩壊とともに、資本主義という言葉は次第に駆逐され、個人を基調とする「市場経済」が世を謳歌するようになった。
 新古典派経済学は市場経済の仕組みと効能を説く理論、その亜種としての新自由主義は市場経済を国内外に拡大していくイデオロギーである。神の見えざる手、予定調和の福音とは裏腹に、現実は、富の少数者への集中、労働者の貧困化、コモンズという共有財産の私的囲い込み、世界的規模での金融不安であった。
 こうした現実を背景に、市場経済(本書に言う自由市場資本主義)に批判の目が向くのは自然の勢いである。カール・ポランニーの『大転換』(そこでは市場は「悪魔のひき臼」に喩えられる)やマルセル・モースの『贈与論』が再注目されているのはその一例であるが、本書はマルクスの『資本論』によってグローバル資本主義の本性を分析・批判する。
 資本の論理とその自己展開(資本とは「運動する価値」のことである)を体系的に分析したのがマルクスの『資本論』である。この資本はその運動の過程で、利子を生むだけの擬制資本を派生させ、他方、知識・情報・技術を商品化する。
 こうして、経済の金融化と情報化は資本の運動を地球の果てまで推し進め、経済のグローバル化を促す。
 「経済的理性の狂気」とは、人間の幸福を犠牲にし、ひたすら自己拡大を図る資本の狂気のことである。それは労働者の犠牲の上に利潤をため込む現代の法人企業の倒錯と通じるところがある。本書は、マルクスに馴染みのない者には読みづらいが、それでも資本主義経済の今日を理解する道しるべとなるだろう。
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David Harvey 1935年、英国生まれ。ニューヨーク市立大特別教授(経済地理学)。著書に『新自由主義』など。