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「ワンダーウーマンの秘密の歴史」書評 ヒーロー誕生の嘘と真実に肉薄

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2020年03月14日
ワンダーウーマンの秘密の歴史 著者:ジル・ルポール 出版社:青土社 ジャンル:マンガ評論・読み物

ISBN: 9784791771776
発売⽇: 2019/12/24
サイズ: 19cm/607p 図版16p

ワンダーウーマンの秘密の歴史 [著]ジル・ルポール

 2016年10月、アメリカで人気の漫画キャラクター、ワンダーウーマンが女性の権利向上のための国連名誉大使に任命されたことへの反発は素早かった。ピンナップ・ガールのように肌を露出し、セクシーさを強調した容姿は、女性の性的対象化そのものではないか。2カ月足らずで彼女は大使職を解任された。
 とはいえ、ワンダーウーマンが女性の権利の擁護者だったことは確かなようである。1941年にお目見えした彼女は、平和と正義、女性の権利のために愛の女神アフロディテに命じられアメリカにやってくる。銃弾をはね返す黄金のブレスレットを身につけ、魔法の投げ縄で相手に真実を告白させる力を持つ彼女は、男性優位主義者と戦い、女性労働者のストを支援する。その原作者は、フェミニストとして名高いマーガレット・サンガーと家族関係にあり、女性がいつか世界を支配すると主張するウィリアム・マーストンだ。
 しかし、このマーストンについてとなると話は俄然複雑になる。心理学博士で、嘘発見テストの熱心な推進者だった彼は、テスト結果を裁判の証拠として受け入れさせようと立ち回るが失敗する。また、人々の感情を血圧によって測る装置を使い、髪色の違う女性は興奮の度合いも異なるといった疑似科学を喧伝したこともあった。その奇抜な宣伝行為は、注目よりも、むしろ疑惑の的となる。加えて彼は複数恋愛の実践者でもあった。ワンダーウーマンのアイデアの多くは、2人、時に3人の女性とその子どもたちとの共同生活から得られたものだったが、この事実は当事者らによって注意深く隠されていた。
 真実はどこにあるのか。ルポールは、家族らによる資料操作の可能性も考慮しながら、嘘と真実とに肉薄する。個性の強いフェミニストらの群像を、20世紀の社会史・文化史の中に位置づけながら、巧みな叙述で最後まで飽きさせない。ユニークな歴史書である。
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Jill Lepore 米ハーバード大教授(アメリカ合衆国史)、米誌「ニューヨーカー」スタッフライター。