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こうの史代「夕凪の街 桜の国」「この世界の片隅に」 邪悪さにぶつけた誠実さ 双葉社・染谷誠さん

 とてつもない巨大な悪意が降ってきたのだな、というのは分かる。その悪意がどのようなものなのかもう少し深く理解したい。そういう意図をもって、こうの史代さんに、ヒロシマの話(=原爆の話)を原稿依頼した。彼女は心の機微が描け、広島の出身でもある。2002年頃だ。描いたことのない重いテーマということもあり、長い逡巡(しゅんじゅん)の後に引き受けたこうのさんは、悩み苦しみネームを書き上げた。それを読みながら私は長い編集生活で初めて涙を流した。

 すごい作品を生み出してくれた達成感があった。それが『夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国』という一冊。こうのさんは描いていて辛(つら)かった、怖かったと心情を吐露している。

 さらにこうのさんは06年『この世界の片隅に』の構想をスタートさせた。広島市から海軍の都市、呉へと嫁いだ女性、すずの物語だ。漫画アクション誌に、07年、つまり平成19年1月から約2年間連載された。昭和19、20年のすずの日々を平成19、20年の読者に季節・月もあわせて読ませる。そこに起こる臨場感をこうのさんは何よりも大事にした。やはり描き続けることに辛さを伴ったと言う。物語が展開していく中での登場人物たちの生死や心身の傷は、作者にとって架空のものではない。

 戦争という人為の最も邪悪な事象に、私はこうのさんの誠実さをぶつけてみたかった。それは編集者のエゴだったかも、という反省は今もある。=朝日新聞2020年4月1日掲載