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「保健室のアン・ウニョン先生」書評 高校生を守る物語の韓国的魅力

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月09日
保健室のアン・ウニョン先生 (チョン・セランの本) 著者:チョン・セラン 出版社:亜紀書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784750516363
発売⽇: 2020/03/19
サイズ: 19cm/299p

保健室のアン・ウニョン先生 [著]チョン・セラン

 アン・ウニョン先生は、ソウルのはずれにある私立M高校の養護教諭だ。身なりはあまりかまわず、すぐ悪態をつく気さくな三十代の女性だ。彼女は、霊や魔を見る特別な力を持っている。それらが生徒たちに悪さをするときには、ウニョン先生は常にバッグにしのばせているおもちゃの武器(レインボーカラーの剣とBB弾の銃!)で果敢に立ち向かうのだ。
 彼女の相棒は、この高校の財団の御曹司で漢文教師のインピョ先生だ。彼は片足が悪く、やや鈍感だが、巨大なエネルギーの保護膜に守られており、ウニョン先生の闘いをそのエネルギーで助ける。
 こうした主人公たちのプロフィルからだけでも、この本がいかに面白いかを感じとってもらえるだろう。実際、主にM高校を舞台として繰り広げられる各章のストーリーには、スリルとユーモアがたっぷりで、しかもほろりとさせ、ロマンスも漂い、娯楽小説に不可欠の要素がてんこ盛りである。「ボランティア活動認定書」や教科書採択などの学校事情、マグロ専門店や恋愛占いなどの都市習俗も興味をそそる。
 でも、ただの痛快な娯楽小説にとどまらない何かがこの物語にはある。私が感じたのは、「グエムル」「新感染」「1987、ある闘いの真実」「哭声(コクソン)」など、好きでしばしば観てきた韓国映画との共通点である。
 昔から沈殿してきた澱(おり)のような悪が、現代の資本や政治の腐敗と絡み合って噴出し、人々に襲いかかる。それに対して、多くの場合、子どもや若者を守るという使命感に駆り立てられて、ごく普通の人々が、知恵と協力を最大限に駆使して反撃するのである。
 日本にも重大な責任がある韓国の歴史的苦難、そして民主化運動によってそれを乗り越えてきた自負が、現代韓国のコンテンツに緊迫感と魅力を与えている。
 とはいえ、そんな講釈は関係なく、とにかくウニョン先生の活躍を楽しもう。
    ◇
 Chung Serang 1984年生まれ。編集者を経て2010年に作家デビュー。『フィフティ・ピープル』など。