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竹宮ゆゆこさんが高校時代に胸を高鳴らせながら見た「ビバリーヒルズ高校白書」 テレビの前で一人百面相の大騒ぎ

 アメリカ中西部の最北部に位置する州、ミネソタ。一万を超える湖と降り積む雪の街で育った双子の高校生、ブランドンとブレンダは、父親の仕事の都合で引っ越しを言い渡される。行先はなんとビバリーヒルズ。言わずと知れた、セレブの邸宅が立ち並ぶ全米屈指の高級住宅地だった――。
 そんな筋書きで始まるドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」、通称ビバヒルに夢中になったのは、私が高校生の頃です。

 自分で言うのもなんですが、ださい高校生でした。
 顔のあちこちに点々と豆粒みたいに塗りつけたニキビの薬。自転車の漕ぎ過ぎでパンパンに発達したふくらはぎ。部屋着も寝間着も中学時代のジャージ。漫画ばっかり読んでるからいつまでも終わらない宿題。優等生になれるほど出来はよくなく、でも先生に怒られたくないからさぼることもできない。

 家と学校を行き来するだけの生活はとにかく退屈で、十代の日々をむやみに浪費している自覚もあって、それでもそこから飛び出す術など持たず、ただただ己のだささと直面するばかりの毎日です。ださくなければ、こんな私じゃなければ、きっともっとなにか楽しいことがあるはずなのに……でも、ださい。平凡で冴えない。自分が嫌い。現実はうんざりすることばかり。

 そんな私が週に一度、「早く寝なさい!」などと親に叱られつつもリビングのテレビの前に陣取って、胸を高鳴らせながら真剣に覗き込んでいたのが、ビバヒルの世界でした。

 ドラマの中の登場人物たちは、身分だけは私と同じ高校生でありながら、私とはなにもかもが違いすぎる異次元の生活を送っていました。美術館のような邸宅に住み、ポルシェやBМWを乗り回し、湯水のように親の金を使って贅沢をし、サラサラのブロンドを太陽の下でこれでもかと眩く輝かせ、ハイガイズ! ワーオです! よおミネソタ! おまっとさんでやんす! などと、独特なノリの名言を次々に炸裂させまくる。

 これが自分と同じ高校生だなんて信じられない、と思いました。そりゃこっちは日本だしそっちはアメリカだけど、あまりにも違いすぎる……。そしてそんな私の感想は、作中でミネソタからやってきた双子の心境とそのまんまシンクロしていたのです。これが自分と同じ高校生だなんて信じられない、そりゃこっちはミネソタだったしそっちはビバリーヒルズだけど、あまりにも違いすぎる……。

 実直な両親の下で育った双子にとって、おぼっちゃんやご令嬢たちのド派手でチャラい暮らしぶりはまさに衝撃、カルチャーショックの連続です。自分たちは果たして無事にこのビバリーヒルズで高校生活をやっていけるのか? 双子が立ちすくむ平凡とリッチのギャップを軸に、ストーリーは滑り出します。

 恋愛、友情、学校生活、ドラッグ、飲酒、経済格差、家庭不和――作中で描かれていくのは、アメリカのティーンが直面するあらゆる現実的な諸問題でした。ミネソタから来た双子にも、ひたすら軽薄に生きているように見えるリッチな新しい友人たちにも、青春の喜びと苦しみは平等に与えられます。

 まったく違う環境で育った若者たちが出会い、同じ場所で同じ月日を重ね、互いのギャップを乗り越え、友として恋人として歩み寄る中で、やがて見えてくるただ一つの真実。それは、登場人物の誰もが、それぞれに「これが自分」と武装した外見の皮を一枚剥げば、中身は傷も怒りも孤独も抱えた未熟な人間であったということ。

 みんなつらいのです。みんなしんどいのです。みんなまだ高校生で、みんなまだ親の愛が必要で、みんな己の無力さやコンプレックスを隠そうと必死にもがいていて、みんな自分が嫌いだったり現実にうんざりしていたりする。みんなださいのです。輝くブロンドを翻していても、彫像みたいな腹筋をしていても、見た目通りに完璧な子なんか一人もいなかった。まともな家庭で育ったからって正しい方ばかりを選べるわけでもなかった。そんなみんなが学ぶのは、躓いた時にどう立ち上がるか。躓いた誰かにどう向き合うか。互いに助け、助けられ、乗り越えて、どう成長していくか。どうやって強くなり、未来に広がる無限の可能性をつかみ取るか――。

 週に一度の放送を、私は本当に楽しみにしていました。ドラマが「みんな」に向けて発するメッセージは、日本のださい高校生でしかなかった私の心にも、確かに届いていたのです。

 調子に乗って巻き起こす騒動に笑い、初めての本気の恋愛に戸惑い、わかってくれない親に苛立ち、取り繕えない失敗に焦り、テレビの前で一人百面相の大騒ぎ。そして見終わってしまったら、また一週間をじれったく待つしかない。この先どうなるの? ブレンダは本当にディランともう終わり? ああ気になる! 早く続きが知りたい! 一週間が長い! つらい! 息も絶え絶えに身もだえしながら、ほとんど渇望するように、次の放送を待ちわびていました。そして一週間をなんとかやり過ごして、再びテレビの前に座って、チャンネルを合わせるあの瞬間。オープニングテーマが流れ出すあの瞬間。あの、胸が音立てて弾けるような喜び。きゃーきゃー叫んで跳ね回りたくなる興奮。あんなにも強烈で純粋な気持ちを、ださい高校生だった私は、テレビを見るだけで感じることができていたのです。

 今、四十代になった自分には、一週間という時の体感は「あっという間」です。ふと気がつけば過ぎています。そして海外ドラマは百話だろうと二百話だろうと、月にいくらかの課金で見たいだけ見られるコンテンツになりました。続きが気になれば一気に最後まで見られる。見終わっても、次から次へと話題の新作が始まって、過去の名作も見尽くせないほどまだまだある。ググればだいたいネタバレも見つかる。そして自分自身は今もださいままだけれど、ださい自分を否定もしないし、別にたいして嫌いでもない。大人だから、ださいかどうかなんてもはや意識にものぼりはしない。

 つまり、あの頃のような渇望の日々には、私はもう二度と戻れない。
 大人になって、自分を満たす方法もいくつか得て、だいたいにおいて常に満足です。それはそれで幸せだけれど、その幸せと引き換えに失ったものも確かにあります。
私が二度と取り戻せない、永遠に失ってしまったもの――ださい私があの頃大好きだったビバヒルは、まさしくその象徴なのだと思うのです。