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「女帝 小池百合子」書評 華麗な自分語りの「演出」に迫る

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月18日
女帝小池百合子 著者:石井妙子 出版社:文藝春秋 ジャンル:伝記

ISBN: 9784163912301
発売⽇: 2020/05/29
サイズ: 20cm/444p

女帝 小池百合子 [著]石井妙子

 先日の東京都知事選は大方の予想通り、現職の小池百合子知事の再選という結果に終わった。彼女は「政界渡り鳥」と揶揄(やゆ)され、幾度も屈辱と挫折を味わいながらも、権力の階段を一歩一歩上がっていった。しかし一方で、彼女が語る華麗なサクセスストーリーはいかにも作り話めいていて、しばしば疑惑が取り沙汰されてきた。
 本書は、女性初の総理候補と目される小池氏の素顔に迫ったノンフィクションである。マスコミやネット上では学歴詐称疑惑追及の箇所ばかりが注目を集めたが、本書は彼女の生い立ちまで遡って調べているところに大きな意義がある。関係資料の博捜と多数の関係者への徹底的な取材によって彼女の自分語りに潜む数々の嘘を暴き、ひいては彼女のパーソナリティーを浮き彫りにしている。
 本書が描き出す小池氏は、異常に強い虚栄心と上昇志向を原動力に、コネとメディアを駆使してのし上がっていく人物だ。一見すると陽気で情熱的だが、決して他人に心を許さず、常に損得勘定で人間関係を築く。権力を持つ男性に寄り添う「名誉男性」でありながら、男社会と対決しているように装う。
 著者は彼女に批判的だが、彼女のなりふり構わぬ自己演出には凄みすら感じられる。かつて引き立ててくれた権力者を足蹴にするくだりなどは、ピカレスクロマン的な趣がある。
 他人の心情に無関心で、利用価値のない人間にとことん冷淡であるように映る彼女の人間性は、確かに恐ろしい。けれども真に恐ろしいのは、彼女の本質に気づかず、そのポピュリズムに幻惑されてきた日本社会ではないだろうか。
 職業倫理や専門性を持たないタレント学者や自称歴史家のもっともらしいヨタ話が社会的影響力を持つ様を、評者は何度も目にしてきた。私たちが対峙すべきなのは、表面的な面白さを追いかける風潮そのものなのである。
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いしい・たえこ 1969年生まれ。ノンフィクション作家。『おそめ』『原節子の真実』(新潮ドキュメント賞)など。