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「悪党・ヤクザ・ナショナリスト」書評 裏の日本史から浮かぶ国の本質

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月22日
悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治 (朝日選書) 著者:エイコ・マルコ・シナワ 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784022630971
発売⽇: 2020/06/10
サイズ: 19cm/294,79p

悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治 [著]エイコ・マルコ・シナワ

 本書は、民間の「暴力専門家」たちが政治と取り結んできた密接な関係とその変転を、明治維新前から戦後におよぶ長期的な時間の流れに沿って詳細かつ大局的に論じた力作である。裏の日本史とも呼ぶべきその記述からは、この国の本質が浮かび上がってくる。
 明治への移行期において大きな存在感をもっていたのは、下級武士から成る「志士」と、親分子分関係に基づく「博徒」だった。志士らは尊皇攘夷(じょうい)を掲げた暗殺や明治政府への反乱の担い手であり、強いイデオロギー性を特徴としていた。博徒らは戊辰戦争にも動員されていたが、より表立って政治シーンに現れるのは自由民権運動期の民衆蜂起のリーダーとしてである。
 明治憲法が発布され議会政治が開始すると、政党間の抗争において「壮士」による乱暴行為が増大する。選挙権が限定されていた当時は、選挙運動の場で暴力が影響力をもつ余地があった。壮士らは雑多な出自から成るが外見の蛮カラさを共有しており、「大陸浪人」として国境を越える一群も含まれていた。
 20世紀に入ると政党の圧力団体である「院外団」が組織され、その中で「ヤクザ」が政治に関与するようになる。勢いを増していた労働運動や社会主義を鎮圧するために、国家主義思想を濃厚に抱く「暴力団」が、政財界の先兵として暗躍した。しかし、帝国議会内で暴力事件が多発するに至り、政党制は掘り崩されてゆく。
 敗戦後には、暴力を民主主義の敵とみなす思潮が広がり、選挙権も拡大したことにより、あからさまな暴力よりもカネの力の有効性が増した。しかしヤクザや右翼団体は、依然として政治ネットワークの一部として、政治闘争や労働争議、さらにはビジネスの領域に根を張り続けている。
 「暴力的民主主義」は今も目の前にある。日本のみというわけではない。しかし、それを許すか否かという問いを、私たちは正面から受け止めるべきだろう。
    ◇
 Eiko Maruko Siniawer 1975年、米国生まれ。ウィリアムズ大教授(歴史学)。原著は2008年の刊行。