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堀部篤史さん、大阪・天神橋の「天牛書店」に連れてって

写真・文:平野愛

はじめに。京都・誠光社にて

 「堀部さん、“私を本屋に連れてって”が10回続いたら、その時はどうぞよろしく!」とお願いしていたのは昨年の春くらいだっただろうか。「では、その時が来たら、大阪の天牛書店へ行きましょう」とすぐにお返事をもらったのがとても印象深く、その理由を知りたいと一年間ずっと楽しみにしていた。(以下の写真は誠光社にて。)

 そうしてこの一年の間に、私は誠光社の出版・プロデュースによる新刊『恥ずかしい料理』の制作に、著者の梶谷いこさんと編集人の堀部さんとともに取り組んでいた。

 本書は“みんな本当は何食べてるの?”をテーマに、普段、人に見せることのない何でもない普通の家庭料理とそれが生まれた暮らしぶりを追いかけた一冊。著者の友人や知人である7組の家を3人で巡り、お話を聞いて、作ってもらって、撮って、食べて、そしてそれを著者は綴り、かつ自らの手でレシピを再現して、また撮ってという…何だかとても珍しい料理本がこの12月に完成したばかり。

 さらに、現在は誠光社店内で刊行記念写真展(1/15まで)を開催中という、見計らったようなタイミングになってしまった。その時って、重なるものなのかな。写真は、梶谷さん(中央)と堀部さん(右)と一緒に撮った展覧会初日。お客様としていらして下さったカライモブックスの奥田直美さんにシャッターを押してもらった。そうして、この1週間後、いよいよ約束していた「天牛書店」へと連れてってもらうことに!

天神橋筋商店街、カメラ店前で待ち合わせ

 大阪は晴れ。寒さはまだまだ穏やかな午後1時半。「駅からすぐのカメラ店の前で待ち合わせて、天神橋筋商店街を北上しましょう」と堀部さんの提案。いつもぴったりよりちょっと前のいい時間に来てくださる堀部さんは、今日もちょっと前のいい時間にそこに到着。この一年は取材という旅をたくさんご一緒していたけれど、今日は堀部さんの休日のルート(の一部分)を垣間見せていただくことになる。新鮮な気持ち。では、出発!

 カメラ店から歩くこと数分で一軒、また一軒と登場する書店の数々。写真が間に合わず撮れていない店舗も数件。天牛書店までの道のりに、品揃えが一味違う店がこんなふうに並んでいたなんて。

 堀部さん「新刊や雑誌が充実していたり、うちで扱っていない漫画とか古本が置かれていたりするから、この筋を1ヶ月に一回通うだけでも大まかな本の状況が見えてくる。それに面白いのが商店街の飲食店がどんどん変化していく様子。それにしても今日は人が少ないなぁ。めちゃくちゃ静か…」

 と話が途切れたかと思うと、ざわざわと人が寄り集まっている一角に到着。堀部さんもいつの間にかその間に入り込んでおられたので、一瞬なんだろうと思ったら、そこが「天牛書店」だった。

天牛書店に到着!

 店先の文庫本と雑誌のコーナーには、次から次へと人が来られるではないか。黙々と本に向かう人々。何という静かな活気。

 店内に足を踏み入れると、真っ先に見えてきたのが入ってすぐのショーケース。その中にはレア本と呼ばれる写真集や画集などが並ぶ。堀部さんは最初にそのケース内を見て、ラインナップはもちろん、値の上がり下り、その時々の流行を確認するんだそうだ。そのセレクトのピカっとした感じは、素人の私にも伝わって来たし、すぐさま一冊買っていた。

 堀部さんはその後、文学の棚から時計回りに全体をじっくりと眺めて、手にはどんどん本が増えていた。

“本を見に来る”店

 堀部さん「天牛書店のいいところは、お客さんがみんな“本”を見に来てるところ。コンセプトがとか、内装がとか、誰も見てない。店先で写真だけ撮って帰る人もいないでしょ。きっとここに来てる人は天井とか見たことないと思う。本屋が好きなんじゃなくて、本が好きな人が来てる。僕は、それが理想的な商売だと思ってるんですよ。
 それから、清潔感があること。商品回転の早さ。サービス業としての基本をきっちりされているところ。例えば、数回買い物しただけで顔を覚えてくれて、“送っておきますね”と買った本を毎回お願いしている自宅あてに手配してくれたり、その“いつも”を大事にしてくださるスタッフの方の気配りがいつ行っても感じられるところがとてもいい。」

 なるほどと、見渡せばどのお客さんも、本を見つけに来ている目をされている。ちょっとギラギラしてさえいる。これらのお話はもちろん書店を出てから聞いたことで、店内ではなかなか写真も撮れないくらいだった。そんな合間の一瞬、人が途切れたタイミングで目に入って来たのが、一番長くスタッフをされているという山本晴子さんの姿だった。

 高い場所も瞬時に整えに行かれる、軽やかな足取り。お歳をお聞きしてびっくり。何と72歳。20年前、元々はデザインに関わるお仕事をされていたところ、天牛書店天神橋店の立ち上げの話を友人だったオーナー夫妻から聞き、転職を決意されたそうだ。

 山本さん「本が好きだったの。お友達と待ち合わせする場所はいつだって本屋さんだったし。お掃除と整理整頓も好きでね。ここでは新刊書店にはない本が見れて、作家さんたちともたくさん出会えて、本当に楽しかったですよ。もうそろそろ引退しなきゃねぇ(笑)。」

 笑顔で話してくださるその姿のかっこいいこと。堀部さんは“あのいつもおられるスタッフの方”とおっしゃるいい距離感。多くを語らずとも、長年通うことでできる関係性。心地よい接客をしてくださることが伝わって来た。

店長・天牛美矢子さん、こんにちは

 天牛書店の歴史は遡ると、約110年前。明治40年に創業者の天牛新一郎さんが大阪市南区(現在の中央区の南の方)に開いた露天の古本屋に始まる。現在は江坂に本店、そしてここ天神橋支店の2店舗を運営。この2店舗を行ったり来たりしながらこちらの店長を務めるのが天牛美矢子さん。

 初めまして、の場所が店舗奥の庭のような温室のような場所にて。ここの植物は、美矢子さんのお気に入りのものばかりだそう。エバーフレッシュは鉢植えなのに、天高くそびえ立っているし、コウモリランは掌サイズからここまで育ったそうだ。店舗の奥でそっと揺らめいているのが気持ち良い。

 美矢子さんは天神橋店で働き始めて6年。下積みを経て、前店長の退職を期に店長を務める。買い取った書籍は本店に集められ、そこからどの本を持ってくるかなどをセレクトするのがお仕事。創設者は曾祖父、現社長はお父様。そうした環境でどんな風に育たれたのか、どうしても気になってしまう。小さな頃からの成長を見ているスタッフの山本さんからは「速読ができるとても頭の回転が早い人。15分休憩で一冊は読み切ってるんじゃないかな」と評されていた。

 そんな美矢子さんは、大学では美術を学び、イギリスへも留学。現在は美術作家としても、「物語の力」をテーマに様々な手法で作品を生み出しておられる。そのルーツとなるものは、やはり店内に溢れる書籍や画集だったそうだ。

 手にされていたのは、19世紀後半に画家として活躍したイギリスのウォルター・クレインの絵本「フローラの饗宴」(1889)。その中の絵柄は天牛書店のポストカードにもなっている。こうした古書店ならではの書籍・古地図・古写真のストックから版権フリーの素材をデジタルデータ化し、販売を手がけることにもチャレンジされているのだ。
(天牛書店Images: https://tengyu-images.com

 おすすめの本には『火あぶりにされたサンタクロース』と、まさにこれから読むという中国文学から『黒い豚の毛、白い豚の毛』を出して来てもらった。

 美矢子さん「私自身、民俗学や伝説がとても好きなんです。『火あぶりにされたサンタクロース』は今のサンタクロースはどこからどうしてそのイメージになったか、贈り物はなぜ始まったのか。最後の中沢新一さんによる解説まで読み応えある一冊です。

 物語というのは事実から目を背けるためにあるものではなくて、物語を通して事実により近づこうとするアプローチの一種だと。本質を見るためのものだと思っているんです。

 最近は、『西遊記』の翻訳などを手がけられている中国文学者の中野美代子さんに影響を受けて、中国文学にも興味を持つようになりました。そこで近年のものから読んでみようと手に取ったのが『黒い豚の毛、白い豚の毛』。装丁にも惹かれて。中国の作家の面白そうな作品は他にもたくさん出て来ているので、これから読み進めたいですね。」

 幼い頃から本の中で育った美矢子さんが、物語を通して自身の創作活動へ、そしてまた店舗作りへも繋げて行かれている姿が見えて来た。そしてベテランスタッフさんを始め、6名のスタッフさんたちとのチームワーク。老舗書店の力を見せてもらったひと時だった。最後にチラッと、天井の梁のカッコ良さ、照明の角度、しっかりとデザインされた空間にも気づいてしまいつつ、お会計を済ませて待っててくださった堀部さんのもとへ向かった。

“探していないものを買う”ということ

 

 天牛書店を後にして、少し進むとまた一軒古書店が見えて来た。ここもまた丁寧な陳列。しばし店先を覗いてから、締めに堀部さんの休日ルートの喫茶店へ。そしていつもは配送となる買われた本も、今日は特別に見せてもらいながら、休日の過ごし方を改めて聞いてみた。

 堀部さん「コロナ禍以前は、朝から京都を出てまずは梅田あたりで映画を見て、それから昼の3〜4時くらいにこのあたりに着いて、今日通った書店を覗いたり、喫茶店で一息ついたり。その後、大阪の友達を呼んで天満で呑んで帰るっていうのがいつものコース。もちろん、順番が逆のこともあるし場所も色々。

 なぜ大阪まで来るかっていうと、それは本を読むためでもある。京阪電車で出町柳から一本で大阪に着いて、その50分くらいの時間が貴重な読書時間になっているし、日常との切替えにちょうど良くて。

 今って大体が欲しいものを調べてネットで買うよね。でも古書店に行けば、探してないものを買える喜びがある。行って何かを買うっていうのは自分の関心が広がるし、技術も、知的好奇心も必要。そういう点でも、買うことが勉強になる。失敗も含めて。今日買ったものは、帰りの電車で読もうと思うものもあるけれど、全部が全部読むためのものじゃなくて、今後の資料になりそうなもの、持っておきたいなってもので、今すぐ読むものとは限らない。

 この商店街の良さは、最初に寄った西日本書店もそうだけれど、長年変わらず手入れされてちゃんと商売が続いている店があること。それとは逆に、瞬間最大風速的に今風の新しい店がバンバンできて、バンバンなくなっていくっていう風景もあるわけで…月一回くらいのペースで歩くたびに、そんな入れ替わる景色も魅力的で、かれこれ何十年も通ってるんじゃないかな。」

 一年前、日常がまだ普通だった頃には、天牛書店に行ってご飯食べて呑んでの“いつものコース”を巡る予定だった。今日は行けなかったけれど、こうして街は動き、人もなんとか動き、コツコツお店を営む姿を見れたことを嬉しく噛み締めている。また普通に、いつものお店に通える日が早く来るといいね、と言いながら、老舗大阪寿司「たこ竹」のテイクアウト専門店にひょいと寄って押し寿司を一つ、家族へのお土産に買って帰られた堀部さんだった。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。