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「対話の技法」書評 生きた言葉のやりとりのために

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月23日
対話の技法 著者:納富信留 出版社:笠間書院 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784305709325
発売⽇: 2020/11/25
サイズ: 19cm/189p

対話の技法 [著]納富信留

 ソクラテスやプラトンを専門とする哲学者の著者が、編集者から「真の意味で対話的な関係を構築するための『手引き』や『呼びかけ』のような本を」といわれ、執筆したのが本書。
 対話とは「生きた言葉のやりとり」であり、「二人の人間が向き合ってなにかを突き詰めて考えるという言語行為」である。私たちが対話することに違和感を拭えないのは、「人間同士の間に横たわる溝、あるいは一人ひとりの人間存在の奥底にあるいわく言いがたい異質さからではないでしょうか」という。
 言葉には曖昧(あいまい)性や多義性があり、これが誤解のもとになる。問答としての対話に必要なのは、優れた問い手が的確な問いを発し、問いと答えをつなげながら一つの議論にしてゆく能力だ。ソクラテスには対話を始める際に、「私はこのことを知らない。だからあなたと一緒に議論したい」という姿勢があったという。対話にはこれが何よりも大切だと指摘する。
 「対話の衝撃を受け止める」という章では、感情について書かれている。言葉の豊かさは感情の豊かさと連動する。言葉が繊細で豊かに襞(ひだ)をもって意味を伝える場合、言葉そのものが自然に感情を担ってくれる。こういう場合、対話は潤滑に進む。
 私は市民対話を繰り返して公共建築の設計を続けている。顔を突き合わせることで地元の人たちの生活や文化の歴史を感じ取る。目と目を見合って言葉を交わす。新しい建築を立ち上げるための問答は、日常生活を含む思想あるいは哲学の対話になる。国内外でよく「子供ワークショップ」も開いた。みんなで自由に話し合うこと。特に能登半島の先端の多目的ホールを設計した際、子供たちの感情や竹笛の音色の豊かさに感激したことを覚えている。私には地方に公共建築をつくりながら人々と出会い、対話によって得たことから、新しい言葉を生み出してきたという思いがある。
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 のうとみ・のぶる 1965年生まれ。東京大教授(西洋古代哲学)。著書に『プラトン 理想国の現在』など。