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滝沢カレンの「若きウェルテルの悩み」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

様々な時代がある中に誰にも悩みは付き物だ。

どの時代も、どの年齢も。

悩みがなくなることなどは、生きていないにも等しくなる。

そんな、悩みに悩んだ少年がここにもいた。
18世紀のヨーロッパ、イタリアに住むウェルテル・タントン 16歳。

「かあさーん。やっぱり今日もやめるよ。明日からにする」
「えーウェルテル。またなの? もうそれ言ってるのお母さん7回は聞いたわよ」

「いいの。緊張するし。また明日がんばる」
「そんなのそそくさとしたほうが、楽なのにねぇ。まぁいいわ、はやく朝ごはん食べちゃいなさい」

「はーい」

何気ない朝の会話を弾ませると、ウェルテルはメガネをかけ、カバンを片手に学校に走って向かった。

ウェルテルはこの春から高校1年生だ。

第一希望校に入り、性格は明るく元気いっぱい、そして家族は優しく裕福で、と一見恵まれているとしか思われない人間だ。

「ウェルおはよ!」
ウェルテルが教室に入るとたくさんの仲間が声をかけてきた。

「おーおはよう! 今日も眠いなあ」
学生ならではの口癖を走らせ、周囲を巻き込んだ。

授業が始まると、ウェルテルはわからないことなどは、グングン質問する好奇心さえ見せてきた。

休憩時間。

「なぁ、昨日のテスト、今日帰ってくるんだよなー? もう最悪だ」

シャツを出したまんま、ジャケットはボタンを閉めず相変わらずだらしなさを満杯にだした、ダンベルがウェルテルに話しかけてきた。
ウェルテルの親友だ。

「そうだよ、ダンベル。お前うまくいかなかったのか?」
「そうなんだよ。30点以下なら、またかぁちゃんに川まで水運びに行かされちまう」
「お前のかあちゃん相変わらず、厳しいな。前も、なんか隣町までスキップでいかされてたもんな?」

ダンベルは少し勉強に弱気なため、お母さんにいつも叱られてしまうわんぱく男だった。

「あぁ、やだなぁ。俺まじ自信ないしな。なぁ、俺のと交換してくれよー」
「何甘えたこと言ってんだよ! ダメに決まってんだろ」

軽く笑い飛ばしてウェルテルは嫌がった。

「いーよなぁ。ウェルは頭もいいし、顔もいいし。悩みとかないんだろどーせ」
そう放つと、ダンベルは自分の席へと戻って行った。

ウェルテルは深いため息をつき窓の外を眺めた。

「俺にも悩みはあるっつーの」

風よりも軽々しい声でポソリと呟いた。

絵:岡田千晶

学校が終わり家に着いたウェルテルは、鏡の前に立ちずっと顔を見ていた。

「はぁ。勇気いるんだよな。全くさ」

すると、母親の声が聞こえてきた。
「ウェルテル、またここにいたの? もぅいい加減勇気出しなさいよ。あんた全く変わらないし、これから先楽になるわよ? 本当にもう。いくじなしなんだから」

母親がブツクサいいながら、洗面台の横の洗濯物を取り込んでいる。

「うるさいなぁ。第一歩踏み出す時は勇気がいるんだよ」
「はいはい、わるーござんした」
母親は忙しそうにリビングに戻って行った。

ウェルテルはまたもや鏡で自分を見つめ出した。

「痛そうだし、急にイキってるって思われたら恥ずかしいし、どうしよう・・・・・・」

そう。
ウェルテルはどのタイミングでメガネからコンタクトレンズにするか、究極の選択に迫られていた。

「母さんはあんな簡単に言うけどさ、俺が明日急にメガネじゃなくコンタクトにしていったら間違いなく、好きな女子ができたとか噂されんだよな。嫌だ、それだけは嫌だ」

ウェルテルは小学生からずっと黒縁メガネで生活してきた。
だが、メガネの不便さに気が付き、家族からはコンタクトレンズを与えられた。
きっと誰もがつまずく、このタイミングにまさにウェルテルは悩みもがいていた。

「それになんかこのメガネのおかげでちょっとかっこよく風に見えてる感じもあるしなぁ。コンタクトレンズにしちまったらただの顔じゃないかな」

かっこいい自分だからこその、悩みまで持ち合わせていた。

「勇気でないけど、高2からつけるほうがなんか高校デビューみたいでダサいよなぁ。よし!」

ウェルテルは少しでもコンタクトレンズにした味のなくなった自分に慣れようと、近所の散歩から始めた。

「なんだかやけに、忘れ物した感じだ」

ウェルテルはキョロキョロして落ち着かない顔で周りをうろついた。
誰かに気付かれたらどうしようと胸を最速急に動かしながらの散歩となった。

すると目の前から、家族ぐるみで仲良しの近所のおばちゃんが歩いてきた。

「はっ、ラッセルおばさんだ。でも第一発見者にしては最善すぎる人間だ」

ウェルテルはまるで実験するように、ラッセルおばさんに近づいていく。

すると「あらウェルテル! お使い? 毎日えらいわねー。気をつけるのよ。あっそういやうちにたくさん焼き芋が余ってるの、あとで届けにいくってお母さんに伝えておいてねー」
「あ、はい。わかりましたぁ〜」

ウェルテルは苦笑いをしながら後ずさった。

(あれ? おっかしいなぁ)

ウェルテルは頭の中をハテナで埋め尽くした。

「まぁでもラッセルおばさんもう78歳だしな。そりゃこんな小さな違いわからないか」とコンタクトレンズにした自分に気付いてくれなかったラッセルおばさんに、やや寂しさを感じながらその日の散歩は終わりを告げた。

家に戻ると、お母さんが夕食の支度をしていた。

「ただいま」
「あらウェルテル。なにしてたの? もうご飯よ、手洗ってきなさい」と背中で話してきた。

「はいよ」
ウェルテルは力なく返事をして、コンタクトレンズのまま食卓へ戻ってきた。

「あら、ウェルテル、ようやくその気になった?」
「いや、いまただ慣れるためにつけてるだけ」

「明日からそれで学校いきなさいよ。もうメガネの度数だって最近合ってないんだから」
「まだわからない。明日決めるよ。急に明日コンタクトレンズで行ったら、なんかあったと思われるだろ?」

すると、話を聞いていたお父さんが口を開いた。

「ウェルテル。よく聞きなさい。人ってのはそんなに自分を見てくれてないもんだよ。良くも悪くもね。みんな自分が一番好きなんだから」
「え? そうかな」
「そんなもんさ。小さな変化に気付いてもらえるだけありがたいと思え」

お父さんはそれだけを置き手紙のように放つと、無言でまた豚の角煮を食べ始めた。

「お父さんのいうとおりよ」
お母さんも優しくよりそうように言った。

その夜ウェルテルはお父さんからの言葉を頭の中で渦巻き状にしながら、さらに考えていた。

「やっぱり大人だからあんなこと言ってんだろうな。俺らの世界は結構周り見てるんだよ。何にも知らないくせに・・・・・・」と思い悩み、眠りについた。

次の日ウェルテルは、悩みに悩んだ割には、メガネ姿の自分を選び学校へ向かった。

「ウェルー! おはよー」
ダンベルの声が近づいてくる。

「お! ダンベル! お、は、よー」と振り返ると・・・・・・ダンベルがいつもと違う姿でそこにいた。

「どう? イメチェンしてみた!」
「え? 急にどしたんだよ」

ダンベルは、今までロン毛だった髪の毛をすっきりと刈り込み付きで短髪にしていた。

「いやーさぁ、母ちゃんに髪がだらしないって言われて昨日床屋いったんだけどさ、どうせなら、かっこよく変身したいなぁと思ってさ」
「なんか、いいな。その勇気。めちゃくちゃ似合ってるよ」

なんだかウェルテルは無性に自分の小ささをダンベルから教わった。
ダンベルは気付かれないよう生活するどころか、会う人会う人に、自分の変化を恐れずに聞いてまわっていた。

「俺はなにを小さな変化に恐れていたんだ。なんだか急にバカバカしくなってきてしまったよ」
ウェルテルは急に、ダンベルが尊くなった。

その日は、一日中さらに明るくなったダンベルに励まし続けられた。
ウェルテルは走って家路に帰った。

「母さん、俺明日から、コンタクトレンズでついに生活するよ!! ダンベルが全て教えてくれたのさ!」
「はい? ダンちゃんが? 一体なにを教わったのよ〜? まぁいいんだけど。やっとその気になって安心したわよ」

小さな変化すら過敏になってしまう学生時代に、勢いと勇気を親友からもらったウェルテルだったのだ。

その頃、神のように言われたダンベルは、テストの結果が悪の悪だったため、後ろ歩きで川まで水を運びに行ってる最中だとはウェルテルは1秒も気付かないだろう。

次の日、ウェルテルは張り切ってコンタクトレンズをつけた。
さらに、髪の毛はいつもと違う分け目にまでして、学校へ駆け出した。

「全く、あんなにうじうじしていた半年間はなんだったのよ。わからない年頃ね。あ、でも私も学生時代、確か前髪切るか切らないかで一年間悩んだっけね。そんな時代もあったわね〜」と母親は空を見上げてクススと笑った。

ウェルテルは力強く学校へ行った。

「みんなおはよー!」とクラスに入ったものの、確かにお父さんのいうとおり、そんなにメガネからコンタクトレンズになったことを驚く者は少なかった。
というかもはやウェルテルは自分から言い出していたくらいだ。

ウェルテルは、「なんだ。父さんの言う通りじゃないか。むしろ、変身するって楽しいもんだな」と自分が少し、大人に近付いたような気さえした。

どんな年齢にも、比べられない悩みはあるものだ。

そんな悩みも、小さな見方や考えを変えただけで自分を成長させる一歩になるのではないか。

一生付き合う悩みだからこそ、毎回、負けじと向き合ってもらいたいものだ。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 ドイツを代表する文豪・ゲーテの若き日の実体験をもとにした小説です。とある田舎町に逗留することになった青年ウェルテルは、舞踏会の場で妙齢の女性ロッテに一目惚れしてしまいます。ロッテは婚約者のいる身でしたが、たびたび彼女のもとを訪れるうち、その美しさと知性にひかれ、ますます恋におぼれます。ロッテもまたウェルテルのことを憎からず思っており、二人は微妙な距離を保ちながら、幸福な日々を過ごします。しかし、婚約者アルベルトが戻ってきてしまい、苦悩にさいなまれたウェルテルはこの地を去ります。やがて、二人の結婚が伝えられて…

 青年ウェルテルは、ロッテへの押さえがたい恋心だけではなく、人生そのものにも思い悩みます。一方で、自分のふるまいが他人からどう見えるかを意識して行動する自意識過剰な一面も見せます。メガネをいつコンタクトに変えるかどうか思い悩むカレンさん版のウェルテルと同様に。日本でいえば江戸時代中期の作品ですが、当時のヨーロッパでベストセラーとなり、ウェルテルのファッションをまねる人が出たり、ウェルテルのモデルとなったゲーテの友人の墓を訪れる人がいたり(聖地巡礼?)、悲しいことに恋に悩む若者の自殺が相次いだりと、現代さながらの熱狂を巻き起こしました。青春あるある小説として、なお古びてはいない名作です。