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「戦争とバスタオル」書評 湯煙越しにたどる日本軍の記憶

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月06日
戦争とバスタオル 著者:安田 浩一、金井 真紀 出版社:亜紀書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784750517100
発売⽇: 2021/09/11
サイズ: 19cm/373p

「戦争とバスタオル」 [編]安田浩一、金井真紀

 銭湯友だちの二人が、湯上がりにビールを飲みながら、歴史修正主義を蹴っとばす面白くて売れる本をつくろうと気炎を上げた。
 グアテマラ、フィンランド、トルコなど世界各地の風呂につかりながらその国の文化と歴史を学ぼう! 壮大で無謀な計画を立てたものの予算不足のため、タイ、沖縄、韓国に変更。さらにコロナ禍の折、やっと神奈川の寒川と広島の大久野島での取材に成功する。
 これらの異なる場所から湯煙越しに眺めた日本の戦争の記憶が、気負わない適温の文章と心を解きほぐしてくれるイラスト満載の全5章でつづられる。
 日本軍敷設の旧泰緬鉄道に乗って訪れたジャングル風呂を満喫しつつも、理不尽な戦争を思いうなだれたタイ篇(へん)。県内唯一のユーフルヤー(銭湯)で、今も残る基地問題について論戦を繰り広げてしまった沖縄篇。
 すでに廃業した寒川の銭湯と、現在は国民休暇村となった大久野島。何の関係もなさそうな2カ所を結ぶのは、旧軍が極秘裏に進めていた毒ガス製造だ。
 26年前に初めて台北を訪れた私は、龍山寺前で日本の歌謡曲カセットを山積みにした軽トラの周りに群がったお年寄りが、大声で日本の軍歌を合唱する姿を目の当たりにした。予想もしなかった戦争の痕跡の前に戸惑いを禁じ得なかった。
 さて、私にとっての圧巻は第3章韓国篇。釜山の海雲台温泉センターで北島三郎の「箱根のおんな」を熱唱する当時90歳の崔(チェ)さんの数奇な人生とは。韓国の銭湯で男性は更衣室のタオルを好きなだけ使える一方、女性には2枚しか支給されない理由とは。これらの謎解きは読んでのお楽しみ。
 風呂場の中で偶然知り合った現地の方々の裸の声がすぐ横から聞こえてくるようで心地良い。一日の疲れを流し落とすため入浴する日本とは異なり、体の活力を得るために入浴する韓国の銭湯は早朝営業らしい。たまには朝風呂から一日を始めてみるかな。
    ◇
やすだ・こういち 1964年生まれ。ジャーナリスト▽かない・まき 1974年生まれ。文筆家、イラストレーター。