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「AI監獄ウイグル」/「デジタルシルクロード 情報通信の地政学」 「21世紀版警察国家」の作られ方 朝日新聞書評から

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月12日
AI監獄ウイグル 著者:濱野 大道 出版社:新潮社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784105072612
発売⽇: 2022/01/14
サイズ: 20cm/333p

デジタルシルクロード 情報通信の地政学 著者:持永 大 出版社:日経BP日本経済新聞出版本部 ジャンル:情報理論・情報科学

ISBN: 9784532324520
発売⽇: 2022/01/12
サイズ: 20cm/291p

「AI監獄ウイグル」[著]ジェフリー・ケイン/「デジタルシルクロード 情報通信の地政学」 [著]持永大

 ロシアのウクライナへの侵攻は、民主主義の価値を共有できない権威主義国の恐ろしさを見せつけた。ロシアも中国も言論・思想統制を強化する軍事大国だ。日本も真珠湾を奇襲攻撃し、治安維持法で恐怖政治を敷いたが、私たちは歴史から学んだのか。現在進行中の「二一世紀版の警察国家」がデジタル技術でどうつくられるのかは、この二冊からよくわかる。
 絨毯(じゅうたん)の店、野菜の市場、ケバブの回転グリルが並ぶバザールを歩くと語り部の叙事詩の朗読が聞こえる。魔法のような美しいウイグル人の故郷が、今やパノプティコン(全展望監視システム)の監獄のようだ。アメリカの調査報道記者による『AI監獄ウイグル』は、二〇一七年から三年かけて一六八人のウイグル人の難民、IT技術者、政府関係者、学者、活動家、亡命準備中の元中国人スパイにインタビューし、綿密に裏取りをしてAI監視体制を明らかにした。
 ウイグル人らが新疆ウイグル自治区や逃れた国々で受けた監視や管理は、「脳からウイルスを取りのぞいて治療・浄化」するという優生思想的な考えで行われていた。目の前に置かれたライフルと手榴弾(しゅりゅうだん)の模型を指示されたように並び替えると、武器に触れることに抵抗がないとテロリストの疑いがかけられる。日課の散歩に行かなければ「不規則な行動」だと通報され、顔や声を識別するソフトウェアが「信用できない」人物と認識する。子どもが学校で学んできた愛国スローガンを親は否定できない。家には監視カメラが設置され、政府が監視員を派遣するからだ。どこに行くにもIDをスキャンして信用度を示さねばならず、人々は外出を控えるようになった。
 情報通信技術を支配する者が国を、世界を支配する。その仕組みを分析する『デジタルシルクロード』は、デジタル化の進展で情報通信が安全保障、生産、金融、知識の構造の大きな要素となり、各構造の連結性の高まりが国際政治のパワー構造を変えたと見る。
 コア技術の開発と知的財産権の確保、一帯一路に絡めての光ファイバー網や海底ケーブルの整備、電子商取引のハブ形成やプラットフォームビジネスの展開、指揮統制やサイバー戦に関わる軍事戦略に至るまで、中国はデジタルインフラをロックインすることで、利益を獲得し、中国の価値を世界に拡大することを目指している。
 情報統制で事実や真実から遮断されると、誰が敵か味方かがわからなくなる。監視体制のプレッシャーで諜報(ちょうほう)活動は杜撰(ずさん)になる。本来、人類は平和に対する脅威に立ち向かうために国際的なルールや規範づくりを行うべきなのだ。デジタル技術を駆使して醜悪な人間性を引き出すのではなく。
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Geoffrey Cain 米国出身。アジア・中東のIT企業などを取材するジャーナリスト▽もちなが・だい 1983年生まれ。慶応大SFC研究所上席所員。著書に『サイバー空間を支配する者』など。