1. HOME
  2. 書評
  3. 「語学の天才まで1億光年」書評 血肉化し謎を解く まさに探検

「語学の天才まで1億光年」書評 血肉化し謎を解く まさに探検

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月15日
語学の天才まで1億光年 著者:高野 秀行 出版社:集英社インターナショナル ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784797674149
発売⽇: 2022/09/05
サイズ: 19cm/334p

「語学の天才まで1億光年」 [著]高野秀行

 著者の高野秀行氏は辺境をテーマに旅する探検家・作家だ。20代の頃、アフリカのコンゴの奥地で幻獣「ムベンべ」を探し、ミャンマーでは北部の麻薬地帯「ゴールデン・トライアングル」に潜入。反政府ゲリラ組織でケシ栽培を体験し、『ビルマ・アヘン王国潜入記』を著した。本書はその彼が探検家としての豪快な歩みの中で、数々の言語をいかに習得し、使ってきたかを描いている。
 言語習得というと硬い印象を持つかもしれないが、そこは「エンターテインメント・ノンフィクション」の分野を切り拓(ひら)いてきた高野氏のこと。本書にも世界に対する探究心やユーモアが渦になって溶け合い、その世界に引きずり込まれていく魅力があった。
 ムベンベの探索では現地の「リンガラ語」や「ボミタバ語」で住人にウケまくり、タイではビルマ語を学びながら、少数民族の独立運動にじわじわ入り込む。聞き取りやすいスペイン語を整然とした平安京の街並みに例えて解説するなど、様々な言語に対する深い洞察にも唸(うな)らされる。
 現地の生きた言葉をあっと驚く学習法で血肉化し、その構造を謎解きのように分析する過程はまさに探検そのもの。そんななか、言語の学習と実践を通して、わらしべ長者の如(ごと)く物事の奥深くに進んでいく様子に、何度も度肝を抜かれずにはいられなかった。
 また、本書に登場する先生たちも個性的な人物ばかりで、思わず笑みがこぼれるエピソードが満載。悩み多き探検家のちょっとほろ苦い青春放浪記という趣もあり、とにかく盛りだくさんの読みごたえがあるのだった。
 高野氏は言語習得を「RPGの魔法の剣」と呼ぶ。この言葉通り一つの「魔法の剣」で思わぬ扉が開かれるとき、目の前の困難な世界が色合いを持ち始める。笑いあり涙ありの鮮やかな筆致に触れるうち、次第に読者である自分が解き放たれていくように感じた。
    ◇
たかの・ひでゆき 1966年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『謎の独立国家ソマリランド』など。