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著者に会いたい

愛国の作法 姜尚中さん

[掲載]2006年12月10日
[文]永栄潔 [写真]御堂義乗

■大切なのは郷土愛と自由

 友人の間で「姜が転向した」と波紋が起きているそうだ。「僕らが学生だった60〜70年代は、『愛国』なんて右翼しか使わない言葉でした。それが、このタイトルですから」

写真姜尚中さん(56)=御堂義乗氏撮影

 新書市場にこのほど参入した小社刊「朝日新書」第1号の著者、東京大学教授の姜尚中(カンサンジュン)さんである。

 「依頼されたテーマは別でした。この題で、と言ったのは僕です。〈国を愛する〉ことの意味を、この国の人々はどこまで認識しているのか。真正面から論じたいと」

 かんで含めるような説明。端折るのは気が引けるが、要は“国が国であるのは人々の生死を操れるからなのに、自ら命を国にささげようという最近の風潮は正気なのか。一度通った道ではないか”との異議である。

 「原因は、グローバリズム。利益しか考えない市場原理主義が社会を分断し、その〈負け組〉が癒やしを愛国に求める構造です。他人は敵となった今、為政者が狙っているのが浮遊する人々の再結集で、安倍首相の『美しい国へ』もその現れ。危険な状況です」

 生まれは孝女・白菊の里、熊本。若き姜さんは「在日」として「差別と蔑視(べっし)の中、ひたすらさまよっていた」そうだ。「でも50歳を過ぎ、自分はパトリオット、愛郷者だとつくづく思った。熊本のすべてがいとしい。〈愛国の作法〉は自然な郷土愛と束縛のない自由の中にあるのです」

 国家主義、国益主義、国民主義、民族主義、愛国主義などと訳されてきたナショナリズム。だが、パトリオティズムが郷土意識なら、ナショナリズムも自国意識ではないのか。そう問うと、「しかし、郷土は人に『死ね』と命じない」と表情を緩めた。憫笑(びんしょう)だったが、別れ際に聞いた「日本へのラブコールのつもりでした」の一言は分かる気もした。

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