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著者に会いたい

雨よ、雪よ、風よ。 高柳蕗子さん

[掲載]2007年02月04日
[文・写真]河合真帆

■身近な言葉が歌語になる時

 沈黙の我に見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斎藤茂吉

写真高柳蕗子さん

 熱き掌のとりことなりし日も杳く二人の距離に雪が降りゐる 中城ふみ子

 その日その風の中にて生徒らとともにかじりし焼きソーセージ 俵万智

 例えば右の3首をどう味わうか。歌中の身近な気象用語が鍵になる、と歌人の高柳蕗子(たかやなぎふきこ)さんは考えた。明治以降の作品を中心に、雨雪風の語を用いた短歌を博覧し使われ方の傾向を把握。その上で作者がこれらに背負わせた感情、つまりありふれた言葉の中の隠し味を教えて読解を助けてくれる短歌評論が本書である。

 「『岩波現代短歌辞典』(99年)で〈乳母車〉など数項目を担当した経験が役だちました。データとして何千首も集めエクセルに入れる。検索機能を駆使して同じ単語を使う歌を引き出して比べる。普通の言葉が“歌語”になる過程が見えた。面白かったんです」

 「今回はもっとたくさんを対象にしました。自然現象を表す言葉だから使いやすいんだと思う。大勢の歌人が詠んでます。その中で踏ん張って新しい何かを発信してると感じる歌に出合うとワクワクしますね。そのメッセージがこちらに届いて、ふに落ちればもっと興奮します」

 「そうか、この歌における雨は、時間の比喩(ひゆ)だったんだ!とか、ここでは雪は思い出の保冷剤だとか、確かに風は、あえかな存在であることのイメージを誘導するなあ、とか」

 短歌実作を休止して4年をこの執筆に費やした。「読者に、実際に降る雨や雪、吹く風を意味する以上を伝える歌語の力を知って欲しかった。そして踏み込んで大胆に短歌を解釈して欲しい、と。読むのは作るのと同じレベルの創造的文学活動だと思う」

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