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会社人間だった父と偽装請負だった僕 赤澤竜也さん

[掲載]2009年3月8日

  • [文]山口栄二 [写真]林正樹

写真赤澤竜也さん(44)

■働くことの意味探し求めて

 大学生の時、女子高生との間に子どもができて、駆け落ち。生活のため建設現場に出たのが働き始めだった。大学卒業後は電力業界紙記者、進学塾講師、信用金庫営業マン、風俗店・高級クラブの経営者、トラック運転手など様々な仕事を遍歴、現在週刊誌記者をしている著者の赤澤竜也(あかざわ・たつや)さんが「働くこと」の意味を探し求め続けた半生をつづった。

 社宅に住み、社宅の子どもたちと遊び、会社の運動会に出て、余暇も会社の保養所で過ごす。赤澤さん自身は「ニッポン株式会社」の中で育ったが、高校生のころ、会社人間の父の生き方に反発を感じ、「社会に出たら、3年ごとに全くの異業種に転職する」と心に決めた。

 旧大和銀行の専務取締役・国際総合部長になった父は、赤澤さんが駆け落ちした翌年、会社で会議中に脳出血で倒れ、間もなく死亡する。

 数年後、同銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件が発覚したことにより、父が死の直前にその巨額損失問題の処理を任されて深く悩んでいたことがわかり、「父は企業戦士として戦死した」と思うようになった。

 トラック運転手時代は、勤め先の運送会社から別の運送会社に派遣され、車検切れのトラックを運転させられたり、チェーンなしで雪の高速道路を運転させられたりしながら、1日平均労働時間15時間以上という過酷な労働の経験もある。

 「会社のために働けば、目に見える形でメリットが享受できる父のような生き方も悪くなかったのではないか、と思うようになった。ニッポン株式会社に反発して生きてきたが、気がつくとニッポン株式会社そのものがなくなってしまっていた」

 ライターの仕事はまもなく3年になるが、「これからも書く仕事を続けていきたい」と話す。

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