〈マンガ今昔物語〉第78回 項羽と劉邦と川原正敏

2017年02月15日

 『男一匹ガキ大将』以来、「週刊少年ジャンプ」の看板作家として君臨してきた本宮ひろ志が、(2017年現在)同誌に最後に連載した作品が『赤龍王』だ。「三国志」をモチーフにした『天地を喰らう』に続き、再び古代中国を舞台にした「項羽と劉邦」をコミカライズ。1980年代の「ジャンプ」読者には受けなかったようで、連載は1年あまりで終わったが、決して駄作だったわけではない。項羽の愛妾である虞美人が「かつて劉邦の妻だった」など大胆すぎる新解釈もあり、特に前半のスケール感には引き込まれる。
 その「項羽と劉邦」が再び少年誌でコミカライズされた。作者は『修羅の門』や『海皇紀』で知られる「月刊少年マガジン」のエース、川原正敏。劉邦の軍師・張良を主人公に立てて同誌で始まった『龍帥(りゅうすい)の翼 史記・留侯世家(りゅうこうせいか)異伝』がそれだ!
 川原の歴史好きは『修羅の刻』を見ても明らかで、しっかりと史料を調べ、史実を尊重する姿勢は今回も変わらない。張良は韓の宰相・張平の息子だったが、実は平が死んだのは秦によって韓が滅ぼされる20年も前のこと。『赤龍王』には張良の目の前で両親が秦軍に殺されるというベタな描写があるが、つまりこのエピソードは史実ではない(いや、本宮作品はその大ざっぱな勢いも魅力だからいいのだけど)。一方、『龍帥の翼』では張良は平の死後に迎えられた「養子」であり、だから父の死から20年後に韓が滅んだときも「年少だった」という説得力ある解釈がされている。
 一方でガチガチに史実に縛られているわけではなく、窮奇(きゅうき)や黄石(こうせき)といったオリジナル・キャラクターも登場する。窮奇は若き日の張良とともに始皇帝暗殺を企てた「大力の士」のこと。史記にはその後登場しないので、『赤龍王』のようにそのとき殺されたと見られることが多いが、その名もなき人物を準主役に起用した。飄々(ひょうひょう)とした切れ者・張良と武骨な戦士・窮奇のコンビは、『修羅の刻』昭和編の不破現(ふわうつつ)とケンシン・マエダにも似て、いかにも川原らしい組み合わせだ。
 謎の老人に「太公望の兵法書」を授けられたという有名な張良伝説は、なんと張良自身がねつ造したことになっている。大胆ながら極めて現代的な解釈で、「伝説」よりもずっとリアリティーがある。これこそ21世紀版「項羽と劉邦」だろう。
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本宮ひろ志『赤龍王』全9巻(集英社) 1986年開始
川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』既刊3巻(講談社)
2016年開始

プロフィール

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伊藤 和弘

1967年、新潟県生まれ。新潟大学法学部卒業。編集プロダクション勤務を経てフリーライターに。99年から朝日新聞「コミック・ブレーク」で、インタビューと作品解説を担当する。著書に『少年マガジン伝説』(電子書籍)、『男こそアンチエイジング』(日経BP社)がある。
Twitter:@itokazraita
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