〈私のコミック履歴書〉マンガ家 ちばてつや

2017年07月19日

ちば・てつや(マンガ家)

戦争めし3

あれから70年

――太平洋戦争が終わった1945年、ちば先生は6歳でしたね。
ちば 私は中国からの引き揚げ者なんですよ。戦争が終わってから日本に帰ってくるまでの1年間はとにかく食べ物がなくて。6歳の私を頭に4人の子どもを生きたまま日本に帰すにはどうしたらいいか、親は大変だっただろうと思います。その当時、親がものを食べている姿を見たことがない。食べ物が手に入ると、とにかく子どもたちに回していたんでしょう。

――今の時代、本格的に「飢える」という経験をしたことがない人がほとんどだと思います……。
ちば その1年間はいつもお腹が空いていました。おかげで苦手なものはあっても、食べられないものはありません。中国では道に落ちている馬のフンを食べかけたこともありました。湯気が出ていて、おまんじゅうみたいに見えたんでしょうね。食べようとして、母にたたき落とされましたよ……。戦争中は麦めしを食べていたけど、終戦から日本に帰ってくるまでの1年間は「ご飯」なんて食べられなかったね。引き揚げ船に乗って博多港に着いたとき、皇后陛下からのご下賜(かし)ということで、1人1個ずつ真っ白な銀シャリのおにぎりをもらったんです。おいしかったですねえ。

――日本に帰ってきてからはどうでしたか。
ちば 食糧がない時代は戦後も何年も続くんですよ。お米は配給米みたいなものしか手に入らず、白いご飯は食べられなかった。上野駅などの構内や地下道には、家を焼かれた人たちや親が死んでしまった浮浪児たちが寝泊まりしているわけです。そこで飢え死にしている人を見たこともありました。

――戦争中、中国ではどんなものを食べていたんでしょう?
ちば マントウと呼んでいましたけど、肉まんみたいなものが市場で売られていて、それはおいしかったです。あと、よく覚えているのはピヨちゃんのこと。

――ピヨちゃん?
ちば 私がペットにしていたニワトリです。終戦の前年に親父に赤紙が来て、出征の前にみんなが集まってお別れ会をやったんですよ。お正月みたいに豪華なごちそうが出た。その後、ピヨちゃんを探していたら、母が「お前のお腹の中にいるんだよ」って(笑)……。一晩中、泣きました。だけど考えてみれば、親しい人が集まって父のお別れ会をやってくれる。しかも食糧難の時代でしょう。私が可愛がっていたのを知っていたから、母もつらかったでしょうね。

――魚乃目三太さんの『戦争めし』をご覧になって、どのような感想を持ちましたか。
ちば 料理人だった兵隊がすごく重宝されたというのは、「そうだろうな」と思いました。食べることは兵隊さんの唯一の楽しみだろうから。また、魚乃目さんがギョーザやカツ丼をおいしそうに描くでしょう、ギャグマンガみたいな絵なのに(笑)。どの話もいいけど、たとえばマッカーサーみたいな少佐が出てくるチャーハンの話は良かったね。

――第1巻に収録されている「収容所の焼きめし」ですね。沖縄の収容所で、米兵と日本兵が一緒にチャーハンを食べるという。
ちば 残酷な話も多いんだけど、絵柄がいいんですよ。ほんわかとあったかい絵で描いているから、「人間っていいな」という温もりが伝わってくる。私が描くともっとリアルで残酷な絵になっちゃうと思うんだけど、魚乃目さんの絵はほっこりしてるから。この絵で、このお話だったら、どこの国の人でもわかると思うので、ぜひ海外でも出版してほしいです。

――そうですね。
ちば 戦中戦後に日本人も飢え死にしていたということを中国人は知らないんですよ。7~8年前、引き揚げの経験を持つマンガ家たちが当時の体験を絵に描いて、南京で展示したんです。日本のマンガ家が展覧会をやるということで、1日平均2万人も見に来た。展示期間が大幅に延びて、その後、北京や上海でもやりました。サインをしていると、中国の若者が聞くんですよ。「日本が爆撃されていたって本当か?」「日本人もお腹を空かせていたって本当か?」って。中国では日本人も戦争で苦しんだことを教えないからね……。

――もう終戦から70年以上になりますね。
ちば うん。戦後70年というけど、いつまで「戦後」といえるのか。ひょっとして「戦前」になってるんじゃないかという怖さをたまに感じます……。日本で戦争が終わってからも、世界のどこかで常に戦争をやっているでしょう。戦争は本当に地獄です。「飢える」とはどういうことか。人を殺さないためにはどうしたらいいのか。若い人はぜひ『戦争めし』を読んで考えてほしいと思います。

    ◇

ちば・てつや(マンガ家)

1939年、東京都生まれ。中国東北部で終戦を迎える。2012年、旭日小綬章を受章。日本漫画家協会理事長。文星芸術大学教授。現在、「ビッグコミック」で『ひねもすのたり日記』を連載中。

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