〈私のコミック履歴書〉小説家 羽田圭介

2017年08月16日

はだ・けいすけ(小説家)

『やれたかも委員会』1

過去の引きずり方

――初めてハマったマンガは何でしたか。
羽田 『おぼっちゃまくん』ですね。小学生のとき「月刊コロコロコミック」で連載していて、毎月楽しみにしていました。あのマンガはギャグという形で毒が押し込められている感じがあったでしょう。昔から、毒があるものが好きなんですよ。

――中学、高校時代はどうでしょう?
羽田 小説ばかりでマンガは全然読まなくなるんですけど、高校時代に唯一全巻読んだのは『北斗の拳』。当時、学校で格闘技がはやっていて、僕も1年くらい伝統派の空手を習っていたんです。『北斗の拳』は『マッドマックス』みたいな荒廃した近未来世界も良かったですね。

――なるほど。
羽田 大学時代にどこかで数冊読んだ『スプリガン』の残酷描写も印象に残っています。残酷でゾッとするシーンを表現するとき、マンガは優れていると思います。映画とも違って、絵で描いたからゾッとするという感じはあるんじゃないかと。

――少女マンガなんて読みますか。
羽田 ずっと読んだことなかったんですけど、数年前にシンポジウムで会った先輩作家たちに「少女マンガを読んだほうがいい」と言われて、まとめて読んでみたんですよ。マンガ好きな女性編集者に段ボールひと箱ぶん送ってもらって。吉田秋生さんの『海街diary』とか、いくえみ綾さんの『潔く柔く』とか……。

――読んでみてどうでした?
羽田 女心を完全に理解しました。というのは冗談ですけど、女の人がどんなことを幸せに思うのか少しわかった気がします。多くの作品に共通していたのは、すごく周りを気にすること。関係性の中でどう振る舞うかがすごく大事なんだな、と。

――最近読んだマンガを教えてください。
羽田 出版社から送ってもらった、『やれたかも委員会』という作品を読みました。

――毎回一話完結型で、20代後半から30代の男性が登場。かつての「やれたかもしれない」体験を話して、「やれたかも委員会」に判定してもらうという異色作ですね。
羽田 最初は『東京タラレバ娘』に似てるな、と思ったんですよ。「あのとき、ああしていれば良かった」という。でも『東京タラレバ娘』の女の子たちはアラサーだし、まだやり直せることもたくさんある。未来に向けてどう行動するかが大事だ、という自己啓発的な部分があるでしょう。一方、『やれたかも委員会』は未来には結びついてなくて、ひたすら視線が過去に向いている。あきらめてる感じというか、現実を受け入れつつも過去をより所にして生きていくリアリティーがあるんです。

――特に好きなエピソードは?
羽田 珍しく女の子が語り手になる話(あの日、大きな木の下で)。先に進めたいけど、その方法がわからない男子高校生が延々と彼女の足をマッサージするという。すごくリアルだし、このディテールが思い出のすべてを象徴しているように思います。それから、ビックリしたのは単行本の巻末にある保坂和志さん(芥川賞作家)と作者との対談! とにかく意外すぎて(笑)。

――あれは驚きましたね。
羽田 僕がデビューした文藝賞で、保坂さんは選考委員をやっていたんですよ。保坂さんの対談もいろいろ読みましたけど、文芸誌ではされないような角度からの話で、面白かったです。この対談によって、「こういうマンガなんだ」と補完された感じがありました。自己啓発的ではなくて、「過去の引きずり方」についてのマンガなんだ、という作品の方向性もはっきりしたように思います。その意味では、2巻以降のほうが面白くなりそうな気がします。

――「もしかしたら、やれたかもしれない」という青春時代の思い出は、男にとってどういうものだと思いますか。
羽田 大事な記憶なんじゃないでしょうか。一見くだらないけど、こういう経験がないとつまらない人生になってしまう。今とまったく違う生活をしていた過去の自分に思いをはせるきっかけにもなる。臨場感を持って当時のことを思い出す入り口になる記憶でもあると思います。

    ◇

はだ・けいすけ(小説家)
1985年、東京都生まれ。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞。最新刊は『成功者K』(河出書房新社)。8月17~20日、三越劇場で上演されるミュージカル『スコア!』に出演する。

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