日本一の成り上がり男といえば豊臣秀吉だが、中国にはそれ以上の立身出世を遂げた人物がいる。一介の農民から身を起こし、皇帝となった漢の高祖・劉邦(りゅうほう)だ。 彼を主人公にした『赤龍王』は、本宮ひろ志が「週刊少年ジャンプ」に連載した最後の作品。1980年代の「ジャンプ」読者には難しかったようで連載は1年あまりで打ち切られたが、単行本は意外なほど版を重ねており、改めて読むと項羽(こうう)の愛人として知られる虞(ぐ)美人の新解釈や本宮ならではの壮大なスケールに引き込まれる。 昨年から高橋のぼるが「ビッグコミック」で『劉邦』の連載を始めた。本作の劉邦は、まず「劉季(りゅうき)」という名前で登場する。従来、「季」は劉邦の字(あざな)とされていたが、単に「末っ子」という意味で正式な名前や字ではないと指摘。すると彼は文字通り「名もない農民」だったことになる。 始まりは秦が中国統一をはたしてから2年後の紀元前219年。首都・咸陽(かんよう)で労役についていた劉季は、ごく小さな罪で「炮烙(ほうらく)の刑」に処せられる。「燃えさかる炎の中、油でつるっつるにした銅の丸太の上を罪人に裸足で歩かせる」という残忍極まりない刑罰は古代中国に実在したものだが、若き劉邦がこの刑に処せられたというのは、奇抜すぎる切り抜け方も含めて明らかにフィクションだろう。ありえないような試練に下ネタも満載! 映画化された『土竜(モグラ)の唄』でおなじみのハイテンションな展開も、2000年前の大陸が舞台だと違和感がない。 序盤では劉季に続く準主人公であり、ナレーターまで務めているのが後に漢の初代丞相(じょうしょう)となる蕭何(しょうか)だ。『赤龍王』では無条件に劉邦を慕って彼の立身に尽力したが、本作の蕭何はゴロツキの劉季など眼中になかったのがエリートらしくて実にリアル。しかし、ある事件をきっかけに一目置くようになり、やがて名なしの劉季に「邦」という名前まで与えてやる。 豪快なエピソードの中には、史実を下敷きにしたものもある。たとえば秦が楚を滅ぼした紀元前224年、わずか9歳の子どもだった項羽はすでに戦場で活躍していたという。「んなバカな」としか思えないが、計算はしっかり合っていて大陸的ホラ話として面白い。歴史が苦手な人でも取っつきやすい敷居の低さが魅力だろう。=朝日新聞2018年2月21日掲載
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