獏さんのまんが噺 4

獏さんのまんが噺 4

 「獏さんのまんが噺 4」は格闘技マンガ『餓狼伝』(秋田書店)を紹介します。獏さんの小説が原作で、「刃牙(バキ)」シリーズで人気の漫画家・板垣恵介さんがその魅力をふくらませています。少女マンガの対極にある男の子文化の結晶のような作品で、誰よりも強いことを目指して男たちが戦い続けます。「板垣恵介が描く拳(こぶし)は芸術品である」と獏さんがほれこむ理由を熱く語ります。


 『餓狼伝』2(秋田書店)より(C)夢枕獏 板垣恵介/秋田書店

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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞を受賞した。
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 過去の連載はこちら。第1回(『修羅の門』『軍鶏』)第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)

餓狼伝1巻 (少年チャンピオン・コミックス)

「なぜ戦うのか」に向き合う

 ――獏さん、『大江戸釣客伝』の吉川英治文学賞おめでとうございます。史上初となる泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞のトリプル受賞となりました。

 何もしないでお金をもらえるのは人生の理想だねえ。嬉しいなあ。でも、賞をいただくと、楽になるんじゃなくて、仕事が増えるんだよ。もっとやれよ、休むなよっていうのが、賞の持つ意味のひとつなんだねえ。釣りにゆく時間が、なくなっちゃうねえ。

 ――いや、もう少し熱く小説について語りましょうよ。

 では、ちょっとだけ。
 ぼくは山岳小説の『神々の山嶺』であれ、格闘技小説の『餓狼伝』であれ、ついついそのジャンルのど真ん中のことを書いてしまうんですよ。なぜ山に登るのか、なぜ戦うのか、と。今回は『大江戸釣客伝』を書き上げたことで釣りへの責任を果たせた気がします。ワタシは釣りには相当入れ込んでるんだけど、でも、実は一番好きなのは小説を書くことなんだよね。脳の筋肉がすりへるまで書き続けますよ。

 ――うひゃあ。今度は男気120パーセントですね。

 じゃあ、今回は男ばっかり出てくる『餓狼伝』の話をしようか。谷口ジローさんがマンガ化した『神々の山嶺』は別の機会に紹介するとして。
 これは活字を2倍にして欲しいくらいなんだけど、
 「板垣恵介の描く拳は芸術品である」
 と。
 少女マンガを読まず嫌いの人がいるように、筋肉がもりもりの絵をちらっと見ただけで避けている人がいると思いますが、それはもったいないですよ。板垣さんの描いた拳を見ると「あ、これで殴られると人が死ぬな」と思います。その拳の絵だけで、1ページもってしまうぐらいの迫力ある凄い拳を板垣さんは描くんだよ。こんないい拳を描く人はほかにいませんよ。

餓狼伝 2 (少年チャンピオン・コミックス)

武道体験が深めた表現力

 板垣さんは陸上自衛隊のなかでも一番キツいと言われている空挺団にいたことがあって、ボクシングでは国体にまで出ているんです。
 マンガ家になってから、古武術系の某道場へ取材にいったとき「あんた、ほんとはやりたいんだろ」って言われて、組手をやらされたんだって。最初の相手はなんとかなったけど、次の相手にはさんざんにやられて……。その話を合気道の塩田剛三さんの取材にいったときに話したら「あんた、よく生きて帰れたねえ。もう二度とやっちゃだめですよ」と、やさしくたしなめられたそうです。
 そういう怖い取材をしているんですね、板垣さんは。
 ぼくらのように武道の未経験者が書物と観戦だけで描いているのとは違う。別の領域の体験を持っていて、それが表現力を深めているからすごいんだな。

 ――板垣さんは獏さんの原作のエッセンスを上手に使っていますね。

 板垣さんは、ぼくの小説の文章ならではの表現を実に上手にふくらませています。
 たとえば(伝説的な空手家で北辰館館長という設定の登場人物)松尾象山と丹波文七が向かい合って、戦いが始まる寸前の場面で、それぞれの体のなかにためた「気」があまりにも強い圧力をもっているために、周囲の空間がゆがむというような描写がぼくの小説のなかにあります。板垣さんはその表現をもとに、緊迫した場面で周囲がゆがむという表現を実際に絵にしちゃう。このあたりは、並みのマンガ家ではありません。いまではほかのマンガ家も取り入れている描写法ですが、マンガでは板垣さんが最初じゃないかな。
 ほかにも、ぼくは「松尾象山は岩である」というようなことを書いてるんですけどね。山のなかの大きな岩が長い年月の風雨にさらされて、カドがとれて丸くなった、これ以上削れるところのない巨大な塊のようなものである、というような表現を、そのままマンガにできるんです。リングのなかに岩があって、それに立ち向かっていくような絵になんともリアリティーがある。ただもんじゃない画力ですね。
 板垣さんはまだマンガ家になる前の時代に『餓狼伝』を読んでいたそうなので、どこのシーンを描きたいかとマンガ化する前からイメージを持っていたんでしょうね。だからその場面の持つ力はとりわけすごいんです。

餓狼伝 18 (少年チャンピオン・コミックス)

板垣さん人気には敗北

 ――コラボレーションの成功例ですね。『餓狼伝』は小説もマンガもベストセラーとなりました。

 ぼくの小説で部数がマンガに負けたのは、板垣恵介ただ一人なんです。

 ――ええっ。獏さん、見栄をはっちゃいけませんよ。マンガより読まれる小説なんてあるわけないじゃないですか。

 ちょっと、かんべんしてくださいよ。小説って、マンガが売れると、それにひきずられて原作の方もさらに売れるので、案外、マンガとタメをはれるんですよ。

 ――もう偽札を刷っているようなもんですね。

 ちょっと、ちょっと。なに言ってるんですか。
 ともかく、読まず嫌いの人もいるでしょうが、板垣さんの人気はすごいんです。
 最近では『どげせん』という土下座をして自分の意思を通す高校教師のマンガが人気になりました。板垣さんとRINさんが「漫画ゴラク」に連載していたもので、3巻まで出ているのかな。いまは板垣さんが『謝男(シャーマン)』、RINさんが『どげせんR』をそれぞれ描いています。

 ――ふだん板垣さんとはどんな話をするんですか。

 だいたい格闘技の話ですね、ぼくらは。
 北京オリンピックの柔道で金メダルをとった石井慧が総合格闘技に移って、2010年の大晦日にK-1のジェロム・レ・バンナと対戦したのは、知っていますか。

――すみません。石井選手が金メダルを取ったところまでしか知りませんでした。

 まあ、格闘技に関心の薄い人だとそうかもしれませんが、格闘技好きの間では注目のマッチだったんですよ。
 その試合が終わった直後に石井選手が板垣さんに電話をかけてきて「いま試合が終わりました」って言うんだって。板垣さんは「結果は言わないで、いま紅白見てるから」と答えたらしいんですけどね。どうも奥さんとのチャンネル争いに負けて、録画してあとで見ようとしていたんじゃないかな。
 石井選手は板垣さんの「刃牙」シリーズが好きで、板垣さんのマンガのセリフを会見でつかったりしていますね。

餓狼伝 (1) (双葉文庫)

『餓狼伝』が作者に架した責任

 ――『餓狼伝』のファンだという格闘家も大勢います。
 何人かの格闘家から読者ですと声をかけられたことがあります。だから『餓狼伝』を書く上で責任のようなものも感じています。
 格闘系のマンガはどうしても強さのインフレーションがおきるんです。より強い敵を出さざるをえないし、軽いけがから、次は骨を折る、折らない、次は目がつぶれる、つぶれない、さらに腕をいっぽん折る、折らないと。そうすると最後は殺し合いにならざるを得ない。
 でも、小説の『餓狼伝』はすれすれでそれを避けてきているんだけど、どこかで、生命のどんづまりのところで、それと向きあわなけりゃいけない。その時、戦いが殺伐な殺し合いになってしまうのを救ってくれるのは「道」という概念なんだと思います。柔道の「道」、剣道の「道」といった、「道」というものを考えざるをえないんですよ。
 この「道」とは何かということをことばにできるようになったら、いつでもぼくはこの30年近く続く『餓狼伝』を終わらせることができる。そのためにいま、あっちこっちに揺れ動きながら書いているんです。

 ――獏さん、オレは今、猛烈に感動しています。

 あー、それは星飛雄馬のセリフだね。
 次回は再び少女マンガの世界に戻ろうか。オレの恥ずかしい『ガラスの仮面』事件を告白しますよ。

新・餓狼伝〈巻ノ1〉秘伝菊式編 (FUTABA NOVELS)

北欧の歌手、ハンナ・ボエルの魅力

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 今回の「まんが噺」の獏さんのおすすめBGMは、デンマークの歌手ハンナ・ボエルの『ザ・シャイニング・オブ・シングス』です。(購入はこちら)
 
 ――獏さん、格闘技とジャズって合うんですか?

 ハンナは昔、日本でも大手レコード会社がシングルを出していたこともある北欧の人気歌手だから、日本のオジサンのなかにもハンナのファンだった人はいるはずだよ。ハンナの歌うランディ・ニューマンの『バッド・ニュース・フロム・ホーム』はすごいし、ピアニストのヤコブ・カールソンが格闘家のような風貌で……。

 ――って、どこを聴いてるんですか。

 ともあれ、格闘技好きで、昔カントリーとロックに燃えた、少しジャズにも興味がある人ならノックアウトされるね。

 ――いや、それはそもそも集合が重なっていないというか、母集団として少な過ぎるような…。あ、リングサイドから謎の美人音楽プロデューサーが乱入です。

 「もちろん、格闘技好きではない人が聴いても素晴らしい歌声です。クオリティーの高い録音で、ピアノの音が冴えた北欧のきりりとした音を伝えています。ぜひ一度お聴きください」

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