獏さんのまんが噺 特別編(下)

獏さんのまんが噺 特別編(下)

 マンガ家・イラストレーターで獏さんの旅仲間でもある寺田克也さんをゲストに迎えた「獏さんのまんが噺 特別編」も佳境にはいってきました。後編ではギアナ高地への旅から生まれた共作『十五夜物語』(早川書房)を軸に、創作の秘密を語り合っています。
前編はこちら

『大猿王』の原画を掲げる寺田克也さん


『十五夜物語』のもとになったギアナ高地への旅を振り返る夢枕獏さん(左)と寺田克也さん
   ◇
ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。趣味の釣りを掘り下げた『大江戸釣客伝』で泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。

十五夜物語

筆順再生で伝わる圧倒的な才能

 ――寺田さんが『大猿王』のカラー原画を取り出すと、会場からは感嘆の声があがりました。

 (寺)連載第1回の原稿はこんな感じ。この回だけが完全な手描きです。15、6年前のものだから、もともとの色がなくなってきていますね。いま、着色はデジタルで作業するようになったので、手元には鉛筆描きの線画しか残っていません。うちのコンピューターがとんでしまうと「生」原稿も全部 なくなっちゃいます。

 (獏)すごいねえ。オレはいまだに手書きだけど。

 (寺)貯金をはたいてパワーマック8100を買ったときから、仕事のほとんどがデジタルになったんです。『大猿王』の2回目からデジタルを導入し たので、1巻を単行本にするときは原画をスキャンしなおして、今のタッチに近づけています。

 (獏)いつもこういう場でお願いするんだけど、絵ができあがる過程も見せてよ。

 (寺)いま使っているiPadにはブラッシーズというソフトがあって、どのように描いたかが時間を追って再現できるんですよ。たとえば、これはだ れも知らないかな。このオジさんは、野嶋玉造さん。鮎釣り師です。

 (獏)ははは、そっくりですよ。

 (寺)基本的におっさん好きなので、つい描いちゃいました。これは鮎。獏さんが釣って炉端で焼いているのを描いているから、焼き色に合わせてだんだん色が濃くなっていきますね。
 これを見せるとよく誤解されるので言っておきますが、ふだんこのスピードで描いているわけじゃないんですよ、どう描こうか考えたり、迷ったりした時間は入っていませんから。

 (獏)きょうは客席に編集者が多いせいか、しっかりガードするねえ。

 (寺)いや、ほんとにすみません! ぼちぼち『十五夜物語』に入りましょうよ。

夢枕 獏 五大陸釣魚紀行 愚か者の杖

ガイドをうならせた「十五夜」原画

 (獏)寺田克也とはすきを見つけてはあちこち旅をしているんだけど、3年前かな、2009年にギアナ高地、ベネズエラのテーブルマウンテンに行ってきました。
 せっかく寺田克也と行くんだから、なんかおもしろいことをやりたいなと思って、出発前に家を探していたら『愚か者の杖 五大陸釣魚紀行』(撮影・ 佐藤秀明、徳間書店)の束見本(装丁などを確認するための中が白紙の製本見本)が出てきたんだ。じゃあ、これで交換旅日記をして、本を一冊作っ ちゃおうと。15日間の旅だから「十五夜日記」とタイトルをつけてね。

 (寺)現地に着いてビールを飲んでいたら、いきなり「てらちゃん、はい」って渡されてびっくりしましたよ。

 (獏)そうだったっけ。オレが文章というか字を書いて渡すと、テントの中だったり舟の上だったりいろいろな場所で彼はそれに合わせた絵をさらーっと描くんですよ。後ろからそーっとのぞくとすごい絵ができつつあって、ぼくらは寺田克也の絵に慣れているからいいんですが、ツアーガイドとかがの ぞき込むとあまりのうまさにびっくりしちゃうんだね。「おおっー」って言うんですよ。そのときに、寺田克也はかなりうれしそうな表情を……。

 (寺)いや、照れてたんですって。

 (獏)オレは思いつきで書き出して、続きのことはまったく考えてなかったんだけれど、描いてもらった絵を見ながら話がふくらんでいったなあ。一緒 に旅をしながらなので、オリノコ川を渡っているときに川の上の空気感とか、これはあのとき見たトリだなとか分かるよね。
 オレは絵に影響を受けたんだけど、絵はどういう風に浮かんでくるの?

 (寺)たとえば、ふだん獏さんの本の表紙絵を描くときは、ゲラで全体を読ませていただいて、印象的なところを選んで描くか、全体的なイメージを描 くかですね。でも『十五夜物語』の場合は物語と絵が対等なので、説明風にはしたくなかった。獏さんの文章があったら、そのままを描いても説明に なってしまうので、描かれていなくてそれを象徴するものを探す、という描き方をしてましたね。
 たとえば、ここで獏さんは「雨」としか書いてないんですが、この章のタイトルに龍が入っていたので、雨が降る前の雲のなかに龍の影が見え隠れして いる絵を描こうかなと。風を楽しんでいるような。

キマイラ9 玄象変 (ソノラマノベルス)

枯れない泉はきっとある

 (獏)ここは、オレは楽だったんです。書いたのは「雨」という字だけですから。でも、びっちり字で埋めているところもあるんですよ、言っておきますけど。

 ああ、ここ、いい表現だねえ。
 「心に釣り糸を垂れよ」

 (寺)旅ではぜんぜん釣れなかったですけどね。

 (獏)自力で釣ったのは、林家彦いち師匠だけ。ピラニアだったかな。
 地元の漁師に案内されて釣らせてもらったのでいえば、こんなでかい歯をした魚も釣ったけど、我々は糸を握ってただけだからね。でも根掛かりしたか と思うぐらいぐっときて、手が切れるんじゃないかと思ったね。(思い出して満面の笑み)

 (寺)にこにこしながら舟で帰ってきましたね。彦いっちゃんが笑ったの、旅の間であのときだけですよ。

 (獏)小説を書く上で、アイデアや構想はいちど空っぽになるまで使わないと次のことはわかんない。自分にどれだけの才能というか、枯れない泉があるかどうか。やってみて、それがいくらでも湧いてくる泉だってやっとわかる。でもこういう自分だけの力ではない環境で書くというのもいいよね。常に机の上だけだと出てくるエネルギーには限界がある。昔の歌舞伎の座付き作家のように、旅をしながら物語を作っていきた
いなあと思うね。

 (寺)書けば書くほど多作になるという人はいて、その典型が獏さんですけど、オレもマンガを1本描き上げると、3本分ぐらいアイデアが出てきちゃ いますね。

  (獏)書けば書くほどネタは出てくるものなんだよ。ただ、体力だけは減ってくるよね。もうちょっとふんばる微妙な体力がね。朝日新聞社の「一冊の 本」というPR誌で『宿神』の連載が秋に終わると、次は「キマイラ」が始まります。完結するかどうかは分かりませんが、半永久的に続きますよ。

 (寺)「キマイラ」に最初に出あったのは、オレが高校生のころでした。自分の中では天野喜孝さんの絵のイメージが強くて、表紙の依頼を受けたとき もファン心理としては断りたかったぐらい思い入れのある作品です。天野さんのキマイラのイメージをなぞってみたり、壊してみたり……。最近やっと 解放されてきました。最後までついていきますよ。

スケッチトラベル

スケッチブックが図書館に

 (獏)では、会場にいらした人から質問を受け付けましょうか。

 (寺田さんのファンで金沢から夜行バスで駆けつけたという大学生)寺田さんが「スケッチトラベル」に参加されたと聞きました。スケッチトラベルへの思いを聞かせてください。

 (寺)いい質問をありがとうございます。「Toy Story 3」のアートディレクターを務めた堤大介さんとフランスのアーティスト、ジェラル ド・ゲルレが、1冊のスケッチブックを世界中のアーティストのもとに旅をさせたら面白いと始めたプロジェクトでした。5年間で、70人ほどのイラ ストレーターや漫画家などが参加してくれて、日本でも森本晃司さんや宮崎駿さんが描いています。
 堤さんは最初は楽しみではじめたのが、だんだん個人のものにとどめておけない規模になっちゃって、最終的に原本はチャリティーオークションにかけて、識字率の低い地域に図書館を建てる運動をしている「Room to Read」という団体に寄付しました。結果5カ国で図書館ができました。その日本語版が8月に出ます。(現在は発売中)
 オレのところに回ってきたときは、すでに半分くらい絵が入っていて凄い事になってて、これにコーヒーこぼしたらどうすんだよと、速攻で描いて返し ました。

 (獏)オレの知り合いでは松本大洋さんも参加しているね。

 (寺)堤さんが最後に依頼したのが宮崎駿さんだったのですが、30分ぐらい説教されたらしく相当へこんでましたよ。

 (獏)30分の説教で1枚描いてもらえるなら、1時間で2枚。それなら、がまんできるよねえ。

 (寺)いや、そういう話じゃないと思うんですが…。

 (獏)じゃあ「スケッチトラベル」に対抗して『十五夜物語』にもオレと寺田克也の絵を入れて読者にプレゼントしようか。1冊だけの貴重な本だか ら当選した人は家宝にするように…。(応募はこちら


スケッチトラベル

著者:堤大介、ジェラルド・ゲルレ、福島敦子、フレデリック・バック、ジョン・ ハウ、宮崎駿、松本大洋、森本晃司、寺田克也、上杉忠弘、丹地陽子  出版社:飛鳥新社

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