獏さんのまんが噺 9

獏さんのまんが噺 9

 「獏さんのまんが噺 9」は高野苺さんの『orange』(集英社)を紹介します。10年後の自分から手紙が届いたという設定で、転校生とひかれ合う高2の女の子の心理と日常を鮮やかに描き出しています。マンガ好きで知られる作家の三浦しをんさんに「いま一番面白い」と勧められて読んだ獏さんが「おおっ」とうなった傑作です。
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ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。近著に『宿神』『陰陽師 酔月ノ巻』『闇狩り師 崑崙の王』がある。
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 過去の主な連載はこちら。第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)第5回(『ガラスの仮面』)

orange 1 (マーガレットコミックス)

三浦しをんさんのイチオシ

 ――遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

 もう立春だねえ。
 春といえば出会いと別れの季節だから、今回はちょっと内気な高2の女の子の学校生活を描いた『orange』を紹介しようか。
 去年のことになるけど、NHKの番組で作家の三浦しをんさんと対談したんですよ。
 その合間に「マンガ読んでるでしょ」と尋ねたら「読んでます」って言うんだよ。「相当読んでるでしょ」って聞くと「相当読んでます」って。

 ――きっと尋常じゃない量を読んでますね。

 番組では『舟を編む』を取り上げたんだけど、三浦さんの小説にはどれもマンガのテイストがあるんだよ。キャラクターの絶妙な配置の仕方もそうだし、せりふのタイミングや間なんかはマンガのコマ割りの呼吸なんだよね。ちょっと上手にマンガ的なテイストを取り込んでみましたというレベルではなくて、マンガ的な世界のとらえ方が染みついていると思えるぐらいなんだ。

orange 2 (マーガレットコミックス)

ジョーがいたから生きられた

 本当に好きなんだよね。忙しいと思うんだけど「マンガを読む時間がないともうダメ」って言うんだよ。
 その気持ち、分かるなあ。実はオレもね「あしたのジョー」の連載を読むためだけに生きられた時代があったんだよ。

 ――えっ?

 つまり、どんなにつらいことがあっても「あしたのジョー」が続いている限りオレは自殺しないと、そう思えた時期があったんだよ。そんな話を駒場の近代文学館でしているときに三浦さんが「いま一番おもしろい作品」として勧めてくれたのが、この『orange』だったんだ。普通の少女マンガなのにSFの味わいもあるって言うんだ。それで、あわてて読んでみたら、これがおもしろいんだよ。
 ネタばらしかなとも思うけど、このマンガは、未来の自分から手紙が届いて、それを受け取った少女がすでに決まっている未来をなんとか変えようとする話なんだよね。ここまで、いいかな。

 ――じゃあ、転校生が××っていうのはどうですか。

 うーん、そこまでばらしちゃだめだろう。
 ともかく、その日常を淡々と描く部分と、未来からの手紙が来るというSF的な構成がうまくマッチされているんだよねえ。すでに2巻出ているんだけど、まだなぞの正体が分からないんだよね。なぜ未来からの手紙が届くのか、という。そのシステムを高野さんが描く気があるのかないのかすら分からないんだよ。

舟を編む

SFのロジックとの微妙な距離

 ――2巻に少しパラレルワールドの話が出てきますね。

 未来を知り、行動を改めることで歴史が変わってしまう――タイムパラドックスに目配りはしているんだけど、あんまりここにこだわりたい感じではないよね。描きたいことは別にあるんだよきっと。
 この作品がSFかSFじゃないかというのは、読者にとっても、書き手にとっても実はあまり重要な問題じゃないんだけど、しいて言うなら、たとえばこの未来からの手紙がどうやって届いたかのロジックを組み立てていくとSFになるんじゃないかな。
 ぼくらのようなSF好きにとっては、そういったロジックが考えていても、読んでいても面白いところなんだよ。過去の自分を殺したらどうなるのか、とか、ロジックを考え続け、そこに淫してしまう。SFファン、SFマニア以外には「そこまではいいじゃない別に」と言われてしまうところなんだけどね。
 これはもう書き手の立ち位置としかいいようがないよね。ぼくはそういうところで育ってしまったので、そこは大切にしたい人間だし。
 そういう意味で、この『orange』は、実に微妙な隙間にある感じなんだよ。SF的なロジックもちょこっとある。でもそこに淫してない。

 ――むしろ、転校生や同級生との距離感の方を重視してますね。

 未来からの手紙が届いていることで、手紙に描かれた未来と現在で、どこが変わったかが分かる。根本的なところは変えられないが、変えるためにはどうしたらいいのか。それは自分が強くなるしかない――これは女の子の成長物語ですよ。自分の思っていることを正直に言えない、なにかあると一歩下がってしまうところを変えようとする女の子の物語です。
 未来からの手紙という要素がなくても成立する作品なんだけど、手紙が示されることによって女の子がもっと強くなろうというきっかけがある。どんな未来があるんだろう、どんな風に未来を変えられるんだろうって興味でストーリーがぐんぐん動く。
 ぼくらは現実では自分を変えようと思って何かしても、変わった差は見られない。チョイスされた未来=現在があるだけだから。それが分かるのがこのマンガの優れたところですね。

風の谷のナウシカ (1) (アニメージュコミックススペシャル―フィルムコミック)

20歳の頃の自分に戻ったら

 ――人生が二度あればという思いは誰にもあるから、ひかれますね。2巻の後書きで「3巻で終わる予定です。近年、予定は守られた事ないです」と高野さんが書いています。

 それは、長くなりますよ、という意味ですね。ぼくの経験的には。
この速度だったら3巻じゃ絶対終わらないですよ。男の子マンガなら、そろそろ学園をおかしくする悪の手先が現れたり、それを救うために超能力を持った少年が出てきたり…。まあ、そういうことはなさそうだけどね。
 この作品はこれからどのようにも展開できるので、目が離せませんね。

 ――そういえば、東京・池袋のジュンク堂書店で獏さんの好きな本を並べた「作家書店Petit(プチ)」という企画が4月30日まであるそうですね。

 日本SF作家クラブ50周年イベントの一つで、並んでいる本をその場で買えますよ。一緒に新井素子さんの「本棚」もあります(新井さんの本棚は2月28日まで)。最初はレイ・ブラッドベリや筒井康隆さんなど全部SF作品にしようと思ったんだけど、『風の谷のナウシカ』とか『ポーの一族』とかぼくの好きなマンガも入れています。
 できることなら20歳の頃の自分に戻って、もう一度この本たちと出会いたいなあ。でも、タイムスリップして20歳の世界にいくと、読んだ記憶をもったままだから、それはいやか。うーん、何かいいロジックはないかなあ。

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