養生達人◎健康問答 帯津良一医師×東海林さだおさん

[掲載]2012年01月18日

しょうじ・さだお 1937年生まれ。漫画家であると共にエッセイストとしても活躍。週刊朝日の「あれも食いたい これも食いたい」をはじめ各誌で長期連載。著書に食や健康についてまとめた『ショージ君の養生訓』など。 拡大画像を見る
しょうじ・さだお 1937年生まれ。漫画家であると共にエッセイストとしても活躍。週刊朝日の「あれも食いたい これも食いたい」をはじめ各誌で長期連載。著書に食や健康についてまとめた『ショージ君の養生訓』など。

おびつ・りょういち 1936年生まれ。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく様々な療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。著書に『達者でポックリ。』、『健康問答』(共著)など。 拡大画像を見る
おびつ・りょういち 1936年生まれ。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく様々な療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。著書に『達者でポックリ。』、『健康問答』(共著)など。

表紙画像 著者:---  出版社:朝日新聞出版

 悔いなき最期を考えるための週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』(朝日新聞出版)には、がん診療とともに養生にも造詣が深い帯津良一医師と、故・立川談志さん、野際陽子さんら「養生達人」との対談が7本掲載されています。ここでは週刊朝日の長期連載でもおなじみ、“食の達人”東海林さだおさんとの対談の一部をご紹介します。

  ◇

【東海林】 帯津先生は外科がご専門だったんですよね。

【帯津】 そうです。都立駒込病院で外科医をやっていたんですけれど、あそこは、がんセンター的に位置づけられていますから、がんの患者さんがほとんどなんです。その治療に西洋医学の限界を感じて、中国医学を採り入れることにしました。でも、大きい病院ではいろいろ壁がありますから、郷里の川越に病院をつくったのが1982年です。気功、漢方薬、鍼(はり)、食養生などを始めましたが、そのころ、人間を部分じゃなくてまるごととらえるというホリスティック医学がアメリカから入りだした。これだと思いましたね。人間まるごとですから、病というステージでとらえるんじゃなくて、生老病死、死後の世界まで見るわけですよ。だから養生っていう考え方が、どうしても大事になってくる。

【東海林】 養生って、まず、どうしたらいいんですか。

【帯津】 まずは食べ物。玄米菜食とか、いろいろありますが、私は患者さんには自分の食に対する考え方を築いてくださいと言います。

【東海林】 なんでもいいって。

【帯津】 なんでもいいと思いますよ。「俺は肉を食うんだ」と言えば、それもいいと思います。自分の考え、信念をもって食べていけばいい。それから運動を適度にやっていく。朝30分歩いてます、という具合に。

【東海林】 何かを決めてやりなさいということですか。

【帯津】 そうです。それと、できたら気功的なことをやってくださいと言います。ヨガでも太極拳でもいい。

【東海林】 病院では、終末的な患者さんに接する場面というのは、結構ありますか。

【帯津】 ええ、あります。私の病院では、4分の3ががんの患者さんで、全国から私のやり方を知ってやってくる方が多いんですよ。

【東海林】 がんの宣告もしょっちゅうありますか。例えば、余命1年とか、数カ月とか。

【帯津】 余命は私は絶対に言わないし考えもしないんです。というかわかりませんからね。余命を言われると、患者さんは希望のともしびを奪われるような気になる。

【東海林】 例えば自分が「余命1年です」と言われたら、どういう精神的処理をするのがいいんでしょうか。

【帯津】 余命1年と言われて、「人生を完結すべきときに、いろんなことができてよかった」なんて人はいませんよ。人生は完結すべきものじゃない、と私は思っています。ずっと死後の世界まで続けばいいと思っているんです。私は75歳なんですけれど、もう現世は先が短いですよ。

【東海林】 あんまり長くはないですね。

【帯津】 実は、病院を建て直したんです。

【東海林】 いつですか。

【帯津】 2009年の4月、すごい借金をして。だからもう、よそで死ねない。この病院で死ぬしかないと覚悟を決めたら、割合、楽になってきた。

【東海林】 しかしこの年で病院を。大変だ。

【帯津】 やっぱり、私としては、養生を果たしていって、バタッと倒れて死ぬという死生観があるんです。

【東海林】 とりあえず、邁進(まいしん)していってですか。

【帯津】 バタッと、死後の世界に入っていく。だから病院の中で死ぬと決めた。新しい病院の最初の朝礼で言ったんですよ。「私は、ここで死ぬしかないから、よろしく」って。

【東海林】 覚悟はできたと。

■おっぱいのことが一番大事なシーン

【帯津】 そうです。このビルの中のこの廊下で死ぬ、とそこまで言ったんですよ。それで、私が足早に歩いて、バタンと倒れるんですけれど、倒れる前によろける。そのときに、前を歩いていた看護師がただならぬ気配を感じて、後ろを振り向くんですよ。私が倒れようとする。彼女が手を。

【東海林】 前かがみですか。

【帯津】 そう、前かがみ。それで下から支える。私は、ガーッと倒れて、彼女の胸の中に顔をうずめる。

【東海林】 谷間に。

【帯津】 そう、谷間に。そこで、事切れる。

【東海林】 そうすると、おっぱいの大きい。

【帯津】 そう、いいにおいのする。そう言ったんですよ、朝礼で。そうしたら、みんな笑ったんですけれど、もう少しまじめに聞いてくれたと思っていたんです。でも、3カ月ぐらいして看護師さんたちと飲んでいたらこう言われました。「先生、あのときは大変だったんですよ。帯津先生が顔をうずめる看護師は誰だろうって。4階のあの人じゃないかとか」と。

【東海林】 当然、それは話題になりますよね。おっぱいがぺったんこじゃだめなんでしょうね。

【帯津】 看護師さんは、そういうふうにとっているから。「次元の低い話をするな」って怒ったんですけれど。

【東海林】 僕が、真っ先に思ったのはおっぱいのことですよ。一番大事なシーンですからね。常に一緒に行動するようにしてないとだめですね。

【帯津】 ええ。本当に、頼りになる人は、何人もいるんですけれど、その中で優劣はつけがたいんです。それで、今こんな話をしだしたのは、芸術家としての東海林さんは自分の行く末というのを、どういうふうにお考えになっているのかなと。

【東海林】 僕がいちばん恐れているのは、認知症になることです。

【帯津】 ご自身がですか。

【東海林】 前に一回、わりときちっとした老人が、スーパーをうろうろ歩いていたんですよね、カゴ持たないで。ひょいと見たら、ファスナーが外れて出ているんですよ。

【帯津】 それは認知症ですね。

【東海林】 自分にもありうるんだなって思って。

【帯津】 私が学生時代ものすごく尊敬していた内科の先生が定年で辞めて、それからボケたんですけれど、女性の尻ばかり追っかけてます。

【東海林】 痴漢になる。先生はそのへんはどう思いますか。先生が痴漢になっちゃう。

【帯津】 それはだから、ドンと倒れて死ぬことだけを思っているわけですから。

■年をとっても、恋も不倫もする

【東海林】 倒れた後、痴漢になってたりして。谷間っていうのが、怪しいですよね。

【帯津】 怪しいですよね。なるかもしれない。やっぱり晩節を汚さないなんて言わずに、年をとっても、恋をしたり、不倫をしたり、これがいいですよ。そうすると痴漢にならないでしょう。

【東海林】 いいですね。

【帯津】 トキメキですね。だってピカソは80で結婚した。ゲーテは70をすぎて17歳の女性に惚(ほ)れたんですからね。それはやっぱり大事だと思う。相手がこたえてくれるかどうかはわからないけれど。

【東海林】 石田純一くんとかじゃないとね。

【帯津】 惚れるだけ惚れて一緒に酒飲んでくれればね。それで「無理しなくていいから、俺が惚れているだけだから」って言うんです。

【東海林】 そうですよね。別に変なこと、というわけでもなくてね。だんだん、希望がわいてきた。

【帯津】 そうですね。東海林さんの世界になってきましたよ。

【東海林】 でもありますよね、いまでも。あ、あの子いいなって。

【帯津】 そうですね。私いつもいますよ。いいなって。

【東海林】 帯津先生は死後の世界があるという考え方なんですか。

【帯津】 患者さんが亡くなるのに立ち会って、「ご臨終です」と告げる。そうすると、早くて2,3分、遅い人でも1時間ぐらいすると、ものすごくいい顔になるんですよ。生きているときにこんないい顔をしていたかと思うぐらい。これを私は、この世でのお勤めを果たしてふるさとに帰っていく顔だと思ったんです。で、ふるさととはどこにあるかといろいろと考えているうちに、死後の世界の存在を信じるようになった。でも決めつけるわけにはいきませんね。材料がないですから。

【東海林】 あまりにも情報が少ないですから。

【帯津】 私、中国の内モンゴルによく行くんですよ。草原に立つと、全部四方八方が地平線で、あとは空しかない。そうするとこれが死後の世界だと思うときがある。この青空の中に両親だとか、親友だとか、先生だとか、死んでいった人たちが出てくるような気がするんです。こういう世界なんだろうと。

【東海林】 そっち側に自分が、こう、ちりばめられているんですね。

【帯津】 で、みんながいて、場合によっては、一杯飲めるところがあるんじゃないかって。

【東海林】 そこらへんがちょっと。

【帯津】 そのへんが甘いか。

【東海林】 まあ、「千の風になって」とかね。あのへんならば理解ができそうですが。居酒屋で一杯っていうのは。

【帯津】 そうですか。でも、死んでも一杯は、やりたいですね。

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 対談の全文は、週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』でお読みください。

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