ホスピス医から在宅医へ転身 山崎章郎医師が語る「在宅死」

[掲載]2012年02月01日

やまざき・ふみお 1947年、福島県生まれ。ケアタウン小平クリニック院長。千葉県八日市場市立病院を経て91年、聖ヨハネ会桜町病院でホスピス医となる。2005年、ケアタウン小平開設。ベストセラーとなった『病院で死ぬということ』で日本エッセイストクラブ賞。著書はほかに、『僕が医者として出来ること』、『新ホスピス宣言』(共著)など。 拡大画像を見る
やまざき・ふみお 1947年、福島県生まれ。ケアタウン小平クリニック院長。千葉県八日市場市立病院を経て91年、聖ヨハネ会桜町病院でホスピス医となる。2005年、ケアタウン小平開設。ベストセラーとなった『病院で死ぬということ』で日本エッセイストクラブ賞。著書はほかに、『僕が医者として出来ること』、『新ホスピス宣言』(共著)など。

表紙画像 著者:---  出版社:朝日新聞出版

 悔いなき最期を考えるための週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』(朝日新聞出版)には、死の迎え方の一例として「家で死ぬということ」をテーマにした特集記事が掲載されています。ここでは、在宅医の山崎章郎(やまざき・ふみお)医師のインタビュー記事の一部をご紹介します。

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 「最後は家で」と願いながら、思いを遂げられる人は少ない。がん患者の終末期を明らかにし、ホスピスの必要性を説いた『病院で死ぬということ』の著者・山崎章郎医師は今、ホスピス医から転身し、家で亡くなる人のサポートを続けている。その取り組みから「家で死ぬということ」を考えてみたい。

 山崎章郎さん(64)はもともと外科医だった。1983年、勤めていた病院から長期休暇を取り、南極の地質調査船の船医となり、洋上でE・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』を読んだ。
 生の終わりには、鎮痛剤よりブドウ酒、輸血より家のスープのほうが患者にははるかにうれしい。
 こんな一節が、運命を変えた。病院の延命治療に疑問を持ち、ホスピスケアに目覚める。90年に『病院で死ぬということ』を出版し、翌年、ホスピス医となった。そして、人間らしい穏やかな最期を迎えられるホスピスの意義を広めてきた。
 その山崎さんがいま、施設型のホスピスを“卒業”して、在宅でのケア(看取り)に取り組んでいる。
 東京都小平市にある「ケアタウン小平」。2005年に仲間と開設した、在宅で療養する人たちをサポートする施設だ。
 「24時間の在宅ケア」と「末期がんの患者に限らないホスピスケア」を理念に掲げる。3階建てで、1階に訪問診療や往診を専門とする山崎さんのクリニックや訪問看護ステーション、デイサービスセンターなどが入る。2、3階は21戸の主に高齢者向け賃貸アパートだ。ホスピス運動を引っ張ってきた医師は、「充実したホスピスケア」を在宅や地域で展開しようとしている。いま「家で死ぬ」とはどういうことなのだろうか。

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──在宅医を目指したのはなぜですか?
 ホスピスで行われているケア自体はすごく適切なんですが、現状では、日本でそれを受けられるのは、主に末期がんの患者さんに限られています。ホスピス医として活動しながら、そのことに、とても息苦しさを感じたんです。
 国内で毎年30万人以上ががんで亡くなっていますが、ホスピスケアを受けられる方は6%にすぎません。家で亡くなる方も6%で、88%は病院で最期を迎えます。ホスピスに入れた6%の人はある意味、幸運ですが、それでも、意識が混乱するなかで「家に帰りたい」と叫ぶ人もいて、これが本心じゃないかと考えさせられることもありました。そんななかで、ホスピスでの経験を地域に開いて、在宅で展開したいと思うようになりました。われわれ医師や看護師が患者さんの家をたずねれば、病気の種類や入院期間の制限もなくケアできるのではと。

■ホスピスと在宅で痛みの感じ方違う

──在宅医になって7年目。どんな様子ですか?
 これまでに350人ぐらいの方を在宅で看取ってきました。当初は1人で24時間対応していましたが、今は私を含めて常勤の医師が3人です。患者さんは常に100人ぐらいいて、約3割が末期がんです。月に平均で約6人、年間で70人を超える方が家で亡くなります。その約9割はがんの患者さんです。

──ホスピスと在宅の違いは何ですか。
 ホスピスでは建物の設計から、消灯時間などの規則をなくすといったことまで、より在宅に近い運営を目指しました。実際、病院から移ってきた多くの患者さんが「来て良かった」と言ってくれました。でもホスピスから家に視点を移してみると、ホスピスは病院よりはるかに自由ですが、家はそれよりさらに自由だと感じます。
 それにホスピスと在宅とでは、患者さんの痛みの感じ方がかなり違う気がしています。ホスピスでは、がんの痛みで苦しむ患者さんの半数以上に注射用のモルヒネを使っていましたが、ここでは、6年以上たっても使った人が一人もいません。医療用麻薬にはほかに飲み薬と貼り薬、座薬などがあって、それらをうまく組み合わせることで、注射用のモルヒネを使わなくても痛みを抑えられている。
 家という場の持つ力なのでしょうか。住み慣れた場所で自由に動き回れたり、家族がいつもそばにいられたりする環境には痛みの感覚を和らげる効果があるという印象を持っています。

──家で看取ることを通して、どんなことが見えてきましたか。
 普通、患者さんはできるだけ家にいて、「いよいよ」となったら病院で最後をみましょうとなるけど、逆じゃないかと。これ以上、治療法がない段階になったら、残された時間をどう生きるかが大事です。そのときこそ、家に戻るのです。
 突発的な変化に対応するには病院のほうがいい。ただ、病院はあくまで非日常の世界です。死も大きな目で見れば人生の一部ですから、非日常の空間から家という日常性の中に死を取り戻すことが大切じゃないでしょうか。

■病院中心主義から在宅中心主義へ

 在宅なら家族は心おきなく患者さんのそばにいられる。孫や親戚が泊まり込んでもいい。すると小さな子どもでも、かわいがってくれたおじいちゃんやおばあちゃんの衰弱した姿に胸を痛めつつも、寄り添って声をかけたり、排泄の手伝いができたりします。
 もちろん家で看取ることを支える受け皿がないとできませんが、受け皿があるなら、病院で死ぬのはもったいない。最後は家で過ごすことを提案したいですね。様々な調査でも、最後は家を希望する方が圧倒的ですし、「病院中心主義」から「在宅中心主義」へ変えることが国民の希望をかなえることにつながるはずです。

──在宅でのケアを広めるためには、どんな仕組みが必要でしょうか。
 24時間対応の医療と総合的な介護力です。
 がんの末期の方でも、苦痛の緩和は家で十分できます。介護の中身も、食事や排泄の介助だったり、体の向きを変えることだったり、家族でできることがほとんどです。しかし、家族だけに負担がかかると、夜も頻繁に起こされて眠れません。いまの介護保険はサービスの時間が細切れになっていますが、夜間滞在型のサービスが認められれば、ずいぶん違うと思います。
 ケアタウン小平のように、在宅に特化して複数の医師がチームを組み、訪問看護ステーションと連携を組むような地域医療のシステム作りも大切です。

■家での看取りが新たな縁を生む

──あえて伺いますが、家で死ぬことにデメリットはないんですか。
 病院やホスピスだと、同じ時期に入院していた家族同士で交流ができますが、在宅で看取った人は、喪失のつらさや悲しみを他の人と共有しにくい。そんな側面があります。
 そこでケアタウン小平では、遺族同士が交流できる場として、遺族の交流会を開いています。遺族会には100人を超す方が入っています。いまケアタウン小平でボランティア活動をしている人の2割は、そうした遺族のみなさんです。だれかの最終地点を家という場で見送ったことで新たなつながりができあがっていく。そんな実感を抱いています。

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 この記事の全文や、実際に家で家族を看取った人たちの体験については、週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』でお読みください。

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