残された時間は、家族や猫と過ぎゆく

[掲載]2012年02月07日

ふとんの上を歩く猫に「こいつは平気で腹をふむんだ」と大塚さん(右)がぼやくと笑いが起きた 拡大画像を見る
ふとんの上を歩く猫に「こいつは平気で腹をふむんだ」と大塚さん(右)がぼやくと笑いが起きた

表紙画像 著者:---  出版社:朝日新聞出版

 悔いなき最期を考えるための週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』(朝日新聞出版)には、死の迎え方の一例として「家で死ぬということ」をテーマにした特集記事が掲載されています。ここでは、在宅医の山崎章郎(やまざき・ふみお)医師の活動の様子をご紹介します。

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 ケアタウン小平から車で20分ほど、緑の多い住宅街にある一軒家に、山崎さんが自ら軽ワゴン車のハンドルを握ってやってきた。1階の約8畳の部屋が大塚日出明(ひであき)さんの寝室だ。床全体にふとんが敷かれ、足元で愛猫が気持ちよさそうに寝ている。
 大塚さんは末期がんで、看護師の妻文子(ふみこ)さんと2人のめいと4人暮らし。文子さんはこのとき介護休暇をとっていた。
 大塚さんのそばに腰を下ろした山崎さんは、顔をのぞきこむようにして、
「体調はどうですか?」
 と切り出した。
「大丈夫です」
 落ち着いた声で返す大塚さん。心配な症状はないか、不安なことはないか、山崎さんは確かめるようにたずねる。
 聴診器を胸に当て、血圧を測り、点滴の準備を始めた。つるしたハンガーに、点滴をひっかける。食道に通過障害のある大塚さんの水分補給法だ。おなかの皮の下に点滴液を注入する皮下点滴というやり方で、体内に水分を吸収させる。
「この方法なら患者さんの負担も少ない。2、3回練習すればご家族でも簡単にできます」(山崎さん)
 大塚さんは2009年3月に肺がんと診断され、1年半後、治療法がないと告げられた。文子さんが在宅での療養を大塚さんに勧めて家へ移った。10年10月から週に1度、ケアタウン小平から山崎さんらクリニックの医師や訪問看護師が来ることになった。余命は約1カ月と言われていた。当初、大塚さんは家で痛みが出たらどうしようと緊張した。息苦しくなり、酸素吸入器に頼ることもしばしば。しかし1カ月ほどして、その回数が減った。
 大塚さんはこう語った。
「家だとぐっすり眠れる。病院だと周りに神経を使ってしまうので、寝ていてもどこか起きてるんだよね」
 腰痛持ちのため、どんな角度でも寝返りが打てるようにと、ベッドからふとんに替えたのも良かった。家なら、わがままや本音を言える。近所の人や友人も気軽に顔を出してくれる。
 それでも、食べることも一人でトイレに行くこともできなくなって、「自分の存在が迷惑では」と落ち込んだ。そんなとき、
「亡くなることは万人に訪れる人生最大のイベント。この貴重な体験をご家族にプレゼントしていると考えたらどうですか」
 という山崎さんの言葉を聞き、心が軽くなったという。文子さんもこう話していた。
「毎日、今日も一緒にいられたとしみじみ思います。残された時間を家族で共有できるのは幸せです」
 往診のほかに訪問入浴が週1回、訪問看護が週に2回来る。容体が急変すれば、夜中でもケアタウン小平に電話できる。11月に68回目の誕生日を迎え、年も越せた。
「春になったら花見に行こうよ。私が運転するから」
 文子さんが声をかける。
「おっかないなあ」
 と言いながら、大塚さんはまんざらでもなさそう。それを見て文子さんが「大丈夫よ」と笑った。何げない夫婦のやりとりに、「家だと、その人がその人らしく生きられる」という山崎さんの言葉を思い出した。
 そして大塚さんは2011年1月20日、自宅で安らかにその生涯を終えた。

  ◇

 山崎医師へのインタビュー全文や、実際に家で家族を看取った人たちの体験については、週刊朝日MOOK『だから死ぬのは怖くない』でお読みください。

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