作家ヒキタクニオさん 男性の目線から不妊を語る

[掲載]2012年11月14日

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ヒキタクニオさん

表紙画像 著者:朝日新聞出版  出版社:朝日新聞出版

 イラストやマルチクリエートの世界で活躍し、『遠くて浅い海』で大藪春彦賞を受賞した作家ヒキタクニオさんは長く不妊に苦しんだ。その体験をつづった『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』は、男性の目線から不妊が描かれ、多くの読者から共感を得ている。
 不妊治療のコツや心構えを、ヒキタクニオさんが11月8日に発売された「AERA with Baby特別編集 ママになりたい」(朝日新聞出版)で語った。
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 ヒキタクニオさんが不妊治療に取り組みだしたのは45歳のとき。タイミング法を始めたものの1年たっても妊娠せず、町の産婦人科を訪ね検査を受けました。

■人工授精26回
 そこで精子の運動率が低いことを知り、紹介された不妊治療専門クリニックを受診。断食を行うなどの努力を重ね、人工授精8回目にしてようやく妊娠しましたが流産という結果に。以後、18回連続して失敗。体外受精にステップアップした後、その2回目に妊娠。子づくりを決意してから約5年、無事に女の子が生まれました。

■大切なのは医師との対話
 「私の経験ではこちらから尋ねたことに対して医師が答えてくれないこともありました。患者として一番大切なのはカウンセリングだと思うのです。要は、お医者さんとの会話がうまくいくことが大切ですね」
 ヒキタさん自身、人工授精を26回実施したことに対して「自分の中で意地を張っていた」と言います。

■美容整形に似ている
 「もっと早く顕微授精にすればよかったんだろうと思いますが、体外受精はすごくお金がかかりますから心構えがいります。人工授精でできるのならば、より自然で気持ちの上でもいいなと思っただけなのです」
 「治療なのに健康保険が使えないのは、美容整形に似ていますね。少子化のいま、不妊という病気をお金をかけてでも治療していることは、むしろ褒められていいぐらいなのに」
 とヒキタさん。
 治療を受ける側の人たちが、不妊治療を恥ずかしいものだと思う気持ちがあることが高価な治療へ向かわせることにつながるのではないかと指摘します。

周囲の理解を得る
 不妊治療は乗り越えていくべきことがたくさんあります。
 「もっと早く子どもをつくればよかったなと感じます。不妊治療は長くやるものではない。私も若い頃からならこんなにお金もかからなかった。もちろん、子どもがいなくても幸せな生活を送ることができます。人は皆それぞれですよ」
 「不妊治療中」を公言することで早い段階から周囲が協力的になり、自分自身の気持ちも楽になるとヒキタさんは言います。
 「子どもが生まれたら育児休業の取得が可能ですが、その前の段階で会社を休むことはできませんね。男性も女性も、子どもをつくれるときが一番働けるとき。社会には、そうしたところへの支援がありません。例えば『タイミング法をしているので飲み会は欠席します。早く家に帰してください』って、ちゃんと言えるような環境になればいいのにと思います」
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おもな治療歴
2006年・45歳(妻35歳)
子づくりを決意
[治療内容]タイミング法。産婦人科クリニックを受診。
[結果など]精子の運動率が低いことが判明。

2007年6月
[治療内容]人工授精開始。
[結果など]8回目の人工授精で妊娠→流産。
主治医が近所で開業。そのまま転院して
治療を継続する。
[治療内容]人工授精再開。以後失敗が続く。

2009年12月
[治療内容]体外受精1回目。顕微授精を実施。
[結果など]胚移植→失敗。

2010年3月
[治療内容]体外受精2回目。顕微授精を実施。
[結果など]クロミフェンによる「自然周期法」。

2010年11月
無事女児が誕生。
      ◇
ヒキタクニオ
Kunio Hikita
1961年福岡県生まれ。イラストレーター、マルチメディアクリエーターとして活躍。2000年『凶気の桜』(新潮社)で小説デビュー。同作に続き『鳶がクルリと』(新潮社)が映画化され話題になる。06年、『遠くて浅い海』(文藝春秋)で第8回大藪春彦賞受賞。2012年、自身の不妊治療をつづった『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(光文社)が注目を集める。

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