ノーベル賞山中伸弥が稲盛和夫に語ったiPS細胞 『賢く生きるより 辛抱強いバカになれ』

[掲載]2014年10月27日

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稲盛和夫氏(左)と山中伸弥氏

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稲盛和夫氏

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山中伸弥氏

表紙画像 著者:稲盛和夫、山中伸弥  出版社:朝日新聞出版

 京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長(52)が2006年に生み出した「夢の細胞」を用いた再生医療が世界で初めて実施された。理化学研究所などのチームがiPS細胞から作った網膜の組織を患者に移植する手術に成功したのだ。自身の財団を通じ、支援してきた稲盛和夫・京セラ名誉会長(82)と山中氏が語った進化論とは……。「週刊朝日」10月3日号から、そのエッセンスを紹介する。
 2人のロング対談は『賢く生きるより 辛抱強いバカになれ』(朝日新聞出版)としてまとめられている。
       ◇
稲盛 iPS細胞を中心とした再生医療研究には、政府は2013年から長期的な支援を行うそうですね。この支援は京大のiPS細胞研究所だけでなく、日本国内の研究機関に対しての支援ということですね。
山中 はい。京大を含めた国内の研究機関で行うiPS細胞関連の研究に多額の支援を10年間にわたって続けていただけることになりました。研究を推進するにはいかに継続的なサポートをしていただけるかが非常に大切なので、非常にありがたく思っています。
稲盛 それだけ政府はiPS細胞などの先端研究を成長分野として重視しているんでしょう。また日本だけでなく、各国が国の威信をかけた国際技術開発競争になっている。それだけに山中先生に大きな期待がかかっているでしょうから、プレッシャーも大変なのではないでしょうか。
山中 たくさん期待していただいていると思いますし、いろいろな方からプレッシャーで大変でしょうと言われるんですが、じつはそういうプレッシャーはあまりなくて。
稲盛 それは素晴らしいですね。
山中 多少、鈍感なのかもしれないですけども、まあ最後は死んだらしまいやと(笑)。自分がやるべきことは一緒なんですけれども、誰かに期待されてやっているわけではなくて、私のなかでは自分がそこまでやりたいからやっている。そういう意味では周囲の期待に対するプレッシャーは感じていないんです。ただ自分の思っていることができるかどうかという、自分に対するプレッシャーはあります。
稲盛 iPS細胞技術をめぐる国際的な開発競争は、さぞ熾烈なんだと思いますが、現在、iPS細胞の応用はどこまで進んでいるんですか。
山中 激しい研究開発の競争が医療への応用を推し進めている状態です。再生医療、創薬、病気のメカニズムの解明のそれぞれの分野で、私たちの予想を超えるスピードで、さまざまな技術開発や医学的発見が起きています。山にたとえると、病気の数だけ頂上があると言えますが、それぞれのエキスパートがそれぞれのルートで頂上をめざして登り続けています。再生医療では、神戸の理研などが加齢黄斑変性という眼の病気の患者さんの細胞から作ったiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を、その患者さんにこの9月、移植する手術に成功。これが世界で初めて実施されるiPS細胞技術を使った臨床研究になりました。創薬の面では、いろいろな企業と協力して、iPS細胞から作った病態モデルの細胞を使って、薬剤候補物質のスクリーニングを行っています。既存薬のなかに難病の進行を遅らせるなどの効果があるものがないかについても研究を進めています。
稲盛 医療への応用が一歩一歩、具体的に進んでいるんですね。
山中 独創的な取り組みとして、東大の中内啓光教授のチームは、iPS細胞の技術を使ってブタの体内で人間の臓器を作る実験を計画しています。
稲盛 ほう、そんなことまでできるんですか。
山中 まだ人間のiPS細胞を使っては成功していないんですが、ネズミのモデルでは成功しています。ネズミにはマウスとラットの2種類があり、ラットの膵臓をマウスの体内で作ることに成功していますので、同じ技術を使えば、ブタの体内で人間の膵臓や肝臓といった臓器を作ることは理論的には可能と思います。
稲盛 どうやって作るんですか。
山中 中内教授のチームが計画している実験は、まず特定の臓器が欠けるよう操作したブタの受精卵(胚)に、ヒトのiPS細胞を移植して「動物性集合胚」(動物の胚にヒトの細胞を入れてできる胚)を作り、それをブタの子宮に着床させるというものです。欠けた臓器の場所にヒトの細胞からできた臓器を持つブタが生まれれば、その臓器を将来、移植医療や新薬の開発に応用できる可能性があります。日本では動物の受精卵にヒトの細胞を入れて子宮に戻すのは、研究指針で禁止されていましたが、13年夏、中内教授の研究を踏まえて、政府の生命倫理専門調査会が基礎研究は条件付きで容認しました。議論は始まりましたが、生命倫理の議論は時間がかかりそうです。
稲盛 難しい問題ですね。世界的に待ったなしの研究開発競争が行われているわけですから、規制すると後れをとってしまう。でも、研究のため、何をやってもいいという話ではない……。
山中 現実として臓器不足は深刻で、臓器移植さえすれば助かる命が日本だけでも多くあります。実際に心臓移植の待機中に多くの患者さんが亡くなっていますし、白血病でも骨髄を提供するドナーが見つからずに多くの方が亡くなっています。そういう患者さんたちの命を救える可能性のある技術であることはたしかなんです。ただやはり動物の体内で人間の臓器を作ることには嫌悪感を持つ方もおられますし、生命倫理的な議論も追いついていないんです。ただ、再生医療への法整備はかなり進み、13年に再生医療推進法が国会で成立。同年11月にはすべての再生医療に対し、国への計画提出や安全性などの事前審査を義務づけ、監視できるようにした再生医療安全性確保法なども成立し、アクセルとブレーキが法で課せられました。
稲盛 現在の臓器移植に関してよく聞くのは、臓器移植をすると強い拒絶反応を和らげるために非常にたくさんの薬を飲まなければならず、患者さんにとって大変だということですが、今でもそうなんですか。
山中 そうですね。移植するのは他人の臓器ですから、患者さんは拒絶反応や薬の副作用に非常に苦しむことになります。まず移植後に拒絶反応が出るので、それを抑える薬を大量に飲みます。すると飲んだ薬の副作用が起こるのでその副作用を抑える薬も飲むことになります。
稲盛 患者さん由来のiPS細胞を使って作った臓器を移植した場合、自分のものなので、そうした副作用に苦しむことがなくなるということでしたね。
山中 理論的にはそうです。移植するのは患者さん本人の細胞から作った臓器ですから、拒絶反応は小さいはずです。ただ、これも実際に臓器移植して確かめたわけではありません。実際にやってみたら拒絶反応や思わぬ副作用が出てだめだった、という可能性はゼロとは言い切れません。絶対にこうなるはずだと思ってやって逆の結果が出てくることは、科学ではいくらでもあります。とくにiPS細胞の移植は人類がやったことがないことですから、やってみなければわからないことはたくさんあります。ですから、研究者は実際に患者さんに移植する前に、非臨床試験(動物などを使った実験)でデータをとり安全性や有効性を慎重に検討しますし、不測の事態への対処方法も考えておく必要があります。
稲盛 さきほどのブタの体のなかで人間の臓器を作る話とか、伺っていくと、一歩間違うと、何か恐ろしいことが起こるような気がしてきます。
山中 皮膚だった細胞をiPS細胞に変え、そこに分化を誘導する物質を加えると拍動する心臓の細胞に変わるんです。初めてそれに成功したとき、私はちょうど米国のグラッドストーン研究所に出張中でした。京都にいるスタッフから「山中先生、心筋細胞に分化して拍動しています!」とメールがきて、すぐにパソコンに映像を送ってもらいました。映像を見たら、皮膚だった細胞が、トクットクッと、こう拍動している。見ている自分の心臓も同じタイミングで打っているような、このときもすごく不思議な感覚だったのを覚えています。もう7年も8年もたつんですが、いまだに慣れないというか。こんなことしていいのかな、というような気にもなります。
稲盛 今までそれこそ神様しか触れられなかった領域にすでに手を突っ込まれているわけですね。
山中 これは悪用しようと思えばいくらでもできます。たとえば健康診断で稲盛さんが採血された血液をちょっと横からいただくとします。その血液細胞からiPS細胞を作り、そこから精子と卵子に分化させると、理論的には父親も母親も稲盛さんという遺伝子をもった子供が作れてしまうわけです。

同性愛カップル
実の子が持てる
稲盛 iPS細胞から精子と卵子を作って、それを結合させて、人間の子宮に入れると可能だということですか。
山中 現時点では技術的に不可能ですが、将来は可能になるかもしれません。すでにネズミではES細胞やiPS細胞由来の精子と卵子を作ることに成功しています。アメリカでは以前からデザイナーベイビーといって、いわゆる精子バンクで一流のアスリートや高名な学者の精子が売買されています。その場合は精子を提供する人との合意があるわけですが、それすらいらない。本人が知らないところでビジネスとして売買されるとか、そういうことも本当に起こりかねないんです。
稲盛 生まれてくるのは、いわゆるクローン人間ということですか。
山中 そこはちょっとややこしいんですが、核移植をするクローンとは違います。精子や卵子ができるときに組み換えという現象が起こるため、30億ある文字(塩基対)の並び方が稲盛さんとまったく同じにはならないからです。設計図が変わってしまうんです。稲盛さんとは見た目も少し違うし、別人格の人間に生まれてくるとは思います。
稲盛 いやはや。恐ろしいですね。
山中 ただ一方で、不妊症の治療研究として非常に期待されている技術なんです。少子化は日本社会が抱える深刻な問題のひとつですが、その原因のひとつに子供がほしくても授からない不妊カップルの増加があると言われています。
稲盛 諸刃の剣というか。
山中 さらに難しいのが倫理的な問題です。たとえばこの技術を使えば、将来、同性愛のカップルが子供をもつことも可能になるかもしれません。それぞれのiPS細胞から精子と卵子を作り受精卵を作ることも理論的にはできると考えられます。でも倫理的にどうなのか。そんなことをしてもいいのかという問題があります。
稲盛 まさに神の領域です。
山中 iPS細胞の発見をパンドラの箱と言われることがよくあります。ES細胞という技術もそうでした。科学技術というのはその連続で、一人の科学者ができることはとても小さい。それを駅伝の襷のようにずっとつないでいって、10年たったら、治らなかった病気を治せるようになるかもしれない。あるいは運がよければ今目の前の患者さんの苦痛をとることができるかもしれない。いずれにしても、研究を続けていくことが大事だと思っています。とくに箱を開けてしまったグループの長としては、いかに早く患者さんのもとに届けるか、それを見失ってはいけないと思っています。
稲盛 私が小さいときは死の病と言われた肺結核も、今ではほとんど治るようになっていますからね。
山中 今でも原因も治療方法もわかっていない病気はたくさんあります。iPS細胞を発見したことで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病の患者さんやご家族とお会いしてお話を聞く機会が増えました。ALSは全身の筋肉が急速に萎縮していき、すべての運動機能を奪われる病気です。こうした難病は患者数が少ないため研究自体が進みません。そのため患者さんは病気の苦痛のうえに社会から見放されたような気持ちになりがちです。iPS細胞の技術は、そういう患者さんたちに大きな希望の光となっている技術なんです。もちろん日本人に多く見られる病気も研究のターゲットになっています。なかでも糖尿病は、インスリンを作る細胞の機能不全で起こる病気ですが、iPS細胞からインスリンを作る細胞を作ることで、根本的な治療につながると期待されています。

超高齢化社会に
寿命延ばす技術
稲盛 お話を伺っていると、iPS細胞の技術で病気で困っている人々を助け、寿命を少しでも延ばそうと、先生方は一生懸命やっていらっしゃる。目の前にある直近の善。一見すると、それは善の方向へいっているように思えます。しかし、結果としてはそうじゃなかったということもあり得るかもしれない。
山中 おっしゃる通りかもしれません。
稲盛 私は人類の未来は、科学の発展と人間の精神的深化のバランスがとれて初めて安定したものになるという信念があるんです。だから、あえて厳しい言い方をさせてもらうと、iPS細胞を含めた医学技術の発展が、人類に対して病気をなくす大善となるか、あるいは大きな問題を引き起こす小善となるかは、このバランスをいかにとるかにかかっていると思うのです。
山中 バランスですか。
稲盛 「小善は大悪に似たり」という仏教の言葉は、小さな善が結果的に大きな悪に転じてしまうことを指します。あらゆる科学技術は、人類のために研究されてきました。先生のiPS細胞の研究は、病気で苦しむ患者さんたちを救い、寿命を延ばすという、善なる行為です。でも、その結果が果たして人類を救う大きな善になるのかというと、それはわかりません。そこは科学の進歩に必ず、つきまとってくる問題だと思うのですね。
山中 そうですね。
稲盛 それこそ一歩間違うと、大きな悪に転じてしまう可能性もある。たとえば誰もが健康で長生きしたいという願望を持ち、医療がどんどん発達していくと、超高齢社会ができてしまう。その一方でこの先50~100年の間に、地球の人口が100億人を突破すれば、食糧も資源も足りなくなると予測されています。進歩と地球のバランスをどうやって取っていくのか。
山中 実は先日、たまたま「2030年をどうするか」というテーマで自民党でお話しする機会をいただいて、前から気になっていた各国の人口分布を調べてみたんです。先進国の多くは安定した釣り鐘型の人口分布なんですが、日本は戦前の富士山型から現在は菱形の人口分布になっているんです。
稲盛 子供と若年層が極端に少ない。
山中 はい、他のどの国より高齢化が進んでいるんです。さらに2050年には逆富士山型になっていきます。そうなると医療保険や年金、福祉などの社会保障を、この下のほうの少ない人たちが支えるので、ものすごい負担をかけることになります。私たちがやっている研究は上をさらに増やすことには繋がっていきますが、下を増やすことにはそれほど繋がらないんです。
稲盛 若い世代の負担が大きくなると、子供をさらに持てない悪循環になるかもしれません。

3Dプリンター
臓器作る企業も
山中 高齢者も健康で長生きできて幸せかというと、2050年になると福祉が追いつかなくなって、体は元気でも食住は十分に伴わなくなるかもしれない。それでも若い方にはすごい負担がかかる。その結果よけいに子供は作れないよということで、極端な悪循環になる可能性もあります。
稲盛 たしかに日本の高齢化はこれからますます深刻な問題となっていきます。
山中 寿命が延びて今の世代はよかったかもしれないけれども、次の世代、その次の世代にとんでもない負担を負わせてしまうかもしれない。iPS細胞もそうですが、科学の進歩って遅いようで突然、ビュンと進んでしまう。SFだと思っていた話がどんどん実現しているんです。7、8年前に、ある人が「山中先生、アメリカでこんな特許が出願されているらしいよ」と、笑い話をしたんです。それは3Dプリンターで臓器を作る、それを特許として出そうと計画しているベンチャーがあるという話でした。聞いたときは私も「またそんな」とか言って笑ったんですが、今はもう笑いません。
稲盛 本当に3Dプリンターで人間の臓器を作っているんですか。
山中 本当の臓器ではありませんが、精巧な臓器のモデルが作られています。難しい手術の前に、患者さんのCTなどの情報から臓器モデルを作って、手術のシミュレーションとして使われ始めています。人工の骨を作って、実際に患者さんにも移植されています。海外では、細胞を3Dプリンターで積み重ねて、臓器や血管を作る試みも行われています。
稲盛 そんなベンチャー企業があるとは驚きです。
山中 はい。ロシアで同じようなベンチャーの方に会いましたが、彼らは人間の体細胞から作ったiPS細胞のことを「インク」と呼ぶんですね。アメリカのベンチャーもそのバイオインクを素材として臓器を3Dプリントする3Dバイオプリンターの製造を目指しているんです。7、8年前、大笑いした話がすでに現実になっています。
稲盛 医療技術の進歩と高齢化の問題は永遠に解けない命題だと思います。非常に難しい。それじゃあ、研究、進化をやめてしまいましょうというのも違うと思います。患者の命を救い、寿命を延ばすことは、いいことに違いない。
山中 人間の真理を少しでも明らかにしていきたいと思い、この研究を始めました。生命にはいろんな不思議なことがまだまだあり、真理は1割もわかっていません。ただ、長いスパンで社会全体を考えたとき、自分たちの研究が本当に社会のためになるだろうか。必ずしもそうではない場合もあるのではないかと思うときもあります。
稲盛 そういう意識を持たれることは素晴らしいことだと思います。今後はぜひ、科学の進歩と地球の生態系のバランスをどう取っていくか、という難しい命題にも挑んでください。これからの時代は、研究者であれ、技術者であれ、経営者であれ、最先端で活躍する人間は、つねに人類にとって重大な影響をおよぼす難しい判断を迫られるはずです。
                        ◇
やまなか・しんや 1962年、大阪府生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院医学研究科修了。米国グラッドストーン研究所博士研究員を経て、2003年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター教授。10年4月から京都大学iPS細胞研究所所長。ヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作りだすことに成功し、10年京都賞先端技術部門受賞、12年ノーベル医学生理学賞を受賞した

いなもり・かずお 1932年、鹿児島県生まれ。59年に京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長に。84年に第二電電(現KDDI)を設立し、会長などを歴任。同年に私財を投じ、稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。また、経営塾「盛和塾」の塾長として経営者の育成に尽力している。2010年に経営破たんした日本航空(JAL)会長に就任。2年後に再上場を果たし、13年に名誉会長

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