西田宗千佳が読むスティーブ・ジョブズ

 バラク・オバマから孫正義まで、世界中の著名人がこぞって弔意を示し、製品を扱う店の店頭には手向けの花が幾重にも積み重ねられた。希代のヴィジョナリー(先進的起業家)、不世出のイノベーター(革新的技術の導入者)と呼ばれた、時価総額で世界トップランク企業・アップルの創業者、スティーブ・ジョブズの死は、国境や産業の壁を超え、波紋を投げかけ続けている。
 スティーブ・ジョブズとは何だったのか? アップルについて長く取材し、iPadの発表イベントに日本人として招かれた少数のジャーナリストの一人である西田宗千佳氏に、「ジョブズ」という存在の意味を探っていただいた。

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 10月5日に亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、アップルの創業者だ。近年は、スマートフォン「iPhone」のヒットとセットで語られることが多いが、タブレット・コンピューターというジャンルを確立したiPad、パソコンの元祖である「アップルII」(1977年)、そして、マウスとキーボードを併用する現在のパソコンの原型となった「マッキントッシュ」(1984年)も、彼の手によるものだ。アップル、そしてアップルを率いたスティーブ・ジョブズ氏は、企業家としてだけでなく「現代を変えた商品・文化を創った人物」として、強い尊敬を集めている。崇拝の対象、といってもいいほどだ。
 スティーブ・ジョブズ氏の一生は、ドラマチックの一言だ。
「パソコン」という、世界(産業だけでなく、ライフスタイルまで)を変える種を作ったかと思うと、すぐに自らが作った会社を追われる。10年のインターバルの後に復帰すると、ヒット商品を連発、死の淵に瀕したアップルを世界有数のエクセレントカンパニーへと復活させる。そして、その絶頂の中で病魔に襲われ、惜しまれつつ世を去る……。
 映画のシナリオとして提案したら、「もうすこし現実的なものを」と突き返されかねない。しかし、現実にこんな人生だったのだ。
 ただし、彼は発明家でも技術者でもなく、経営者だ。自分でプログラムを書くわけでも、設計図を引くわけでもない。「彼はなにも自ら生み出したわけではない。使っただけだ」と批判する向きがあるのはそのためだが、彼が成し遂げたことを思えば、いささか厳しすぎる言葉だと思える。
 アップルが、「アップルII」や「マッキントッシュ」を世に送り出した時、それ以前に似た技術を使った製品がなかったか、というとそんなことはない。iPhoneが発売された時にも「同じことは日本のケータイでも出来る」という評価もよく聞かれた。
 だが、違うのだ。
 パソコンに皆無だった「文字やアイコンの美しさ」、携帯電話に欠けていた「なめらかで楽しい操作感」を実現したのは、アップルの製品の特徴だ。技術者目線・製造者目線では二の次にされやすい部分を、独自の「ユーザー目線」で追求し、結果的にいままでにない商品を生み出したのが、スティーブ・ジョブズ氏の率いたアップルの特徴である。
 その発想はネットサービスにも生きている。アップルのiTunes Storeほど「気楽にネットコンテンツが買える場」はない。Android向けとiPhone向けでは、有料コンテンツの販売数が軽く10倍は違う、というのが、コンテンツ産業では定説となりつつあるが、その一因はそんなところにもあるのだろう。
 もちろん、ジョブズ氏は完璧な人間ではない。彼と仕事をした人物の多くは、アップルの内外を問わず、その独善性に引き回され、困り果てた経験を持つという。
「偉人のまねをしてはいけない。偉人は特殊な人だから」という意見もある。
 だとすれば、ジョブズ氏はまさにその条件を満たしている。そんな、他社・社内との軋轢をも恐れない姿勢が気質があったからこそ、いままでにないものを作るチームを率いてこれた。そんなことを実現できる人はそうそういるものではない。
 そんなジョブズ氏はどんな人となりの人物だったのか。それは、1冊の本ではなかなか分からない。作りあげたものや行動などを、複数の視点から、複数の記述を通して知るべきと感じる。彼自身に学ぶのではなく、彼がどんな人々と、どのような関係を築いてきたのか。ぜひそれを知って欲しい。

西田宗千佳(にしだ・むねちか)
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。『クラウドコンピューティング』『クラウド・コンピューティング仕事術』『メイドインジャパンとiPad、どこが違う?』(朝日新聞出版)など、著書多数。

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ I 著者:ウォルター・アイザックソン、井口 耕二 出版社:講談社

最初で最後の公認伝記(上巻)

スティーブ・ジョブズ氏自身が公認した、最初で最後の評伝。本人に直接取材した書籍であるため、彼の生の言葉を使った部分が多く、他の書籍とは位置づけ・趣が異なる。長く伝説に彩られたジョブズ氏の生涯を知るためには欠かせない資料だ(下巻に続く)。

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スティーブ・ジョブズ II

スティーブ・ジョブズ II 著者:ウォルター・アイザックソン、井口 耕二 出版社:講談社

最初で最後の公認伝記(下巻)

(上巻から続く)特に、私生活について触れられている部分、グーグルなどライバル企業について直接コメントしている部分は他になく、貴重だ。世界18カ国で同時に発売されたこと、日本でも紙版だけでなく、電子書籍がほぼ同時に、複数の電子書籍ストアで発売されたことも話題に。

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メイキング・オブ・ピクサー―創造力をつくった人々

メイキング・オブ・ピクサー―創造力をつくった人々 著者:デイヴィッド A.プライス、櫻井 祐子 出版社:早川書房

ジョブズが育てたCGアニメ制作会社

ジョブズ氏は、アップルだけでなく、CG映画の旗手であるピクサー社も育てた。ピクサー社は、元々CG制作用機材の製造会社として生まれた経緯を持つが、世界初の全編がCGで作られた長編アニメーション「トイ・ストーリー」のヒットにより、アニメーションスタジオとしての地位を不動のものにした。ジョブズ氏はあくまで経営者の一人であり、彼自身についての記述は少ないが、ピクサーにも「アップルらしさ」「ジョブズらしさ」を感じる部分は多々ある。アップルとは違う観点で、ジョブズ氏の人となりを知るには最適な資料。

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スティーブ・ジョブズ-偶像復活

スティーブ・ジョブズ-偶像復活 著者:ジェフリー・S・ヤング、ウィリアム・L・サイモン、井口 耕二 出版社:東洋経済新報社

ジョブズ、アップル復帰後のストーリー

ジョブズ氏がアップルに復帰してからのことに注力して書かれた書籍。iPod・iTunesという、コンピュータを離れたジョブズ氏の功績についての記述が充実している。執筆時期が2005年なので、iPhoneやiPadなど最新の事物に関する記述はない。しかし、むしろそのことで、ジョブズ氏がアップルという会社をどうやって復活させようとしたのか、その時に「音楽」というビジネスへの取り組みがどのような役割を果たしたか、という点を理解するには適切な書籍だといえる。また、ジョブズ氏の(高圧的ともいえる)マイクロ・マネジメント(部下の仕事に細かく口を出す経営)の一端を知ることができる資料でもある。

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スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン 著者:カーマイン・ガロ、外村仁 解説、井口耕二 出版社:日経BP社

プレゼンとは何か? ジョブズに学ぶ

希代のプレゼン巧者として知られるジョブズ氏。彼の話術とプレゼンテクニックに注力した書籍。経営でなく「ビジネス上のテクニック」を知りたいという人向け。実際に使われた言葉やスライドを紹介し、それがどのような効果をもって使われたか、という点を分析している。他方で、ジョブズ氏のプレゼンが非常に属人的なもので、ジョブズ氏のひととなりや立場によって作られたものである、ということも描いており、そこから「自らのプレゼンになにを採り入れていくべきか」ということを考えさせる本にもなっている。

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スティーブ・ジョブズの王国 ― アップルはいかにして世界を変えたか?

スティーブ・ジョブズの王国 ― アップルはいかにして世界を変えたか? 著者:マイケル・モーリッツ、林 信行、青木 榮一 出版社:プレジデント社

アップル黎明期のわくわく感

最初期に書かれたアップル関連本の一つ。堂々たる企業人であるジョブズ氏ではなく、若く向こう見ずであったジョブズ氏の姿が描かれている。ジョブズ氏の伝説は、1984年のマック登場以前、アップルII登場の頃から始まっている。パソコン創世記の、まだビジネスが海の物とも山の物ともつかない時期に特有の、ワクワクするようなドライブ感が楽しめる。他方、古い記述をリニューアルした書籍であるため、最近の情報はほとんどない。「スティーブ・ジョブズ」などと併読し、同じ時代を別の視点で見るための書籍として利用することをお勧めする。

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