獏さんのまんが噺 2

 作家の夢枕獏さんがお気に入りのマンガを紹介する連載特集の2回目です。今回は少女マンガと獏さんがどう出会ったかという熱い時代の証言とともに、「陰陽師」ファンにはたまらない創作の秘密を語ってくれました。
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 獏さんに読んで欲しいマンガをご推薦ください。獏さんが好きそうな作品から、獏さんの趣味では絶対読んでいないだろうと思うものまで、「お薦めの1作」とその理由を教えてください。第2回の締め切りは3月10日です。2月以降の特集で採用された方のなかから抽選で、源氏物語を題材にした小説『翁』(角川書店)に獏さんのサインを入れてプレゼントします。応募はこちら
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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。

ポーの一族 (1) (小学館文庫)

ポーの一族 (1) (小学館文庫) 著者:萩尾 望都 出版社:小学館

SFファンを魅了した少女マンガ

 ――前回募集した「獏さんに読んで欲しいマンガ」、女性からの応募が半数近くあってびっくりしました。

 だから言っただろ。オレは昔から(以下略)。

 ――はい、はい。笑顔がステキな……好々爺です。

 むむ……。
 言っておくが、作家になったばかりのころのオレに会ったら、その認識が間違いであったとわかるはずなんだがなあ。

 ――はあ。

 せっかくだから、きょうはオレがデビュー前のSFファンだったころの話をしようか。まだ学生か卒業したばかりのころの話だ。

 渋谷のノーブルという喫茶店にSF好きが集まる「一の日会」というのがあったんだ。ボクも二、三度、行ったことがあって、東京にはこういうSFファンの集まりがいくつかあった。
 SFファンというのは知的におしゃれというか(ひねくれているという人もいるけれど)、「我々は俗なものを超越しているぞ」というポーズをつけたがったりする。あ、これは、人間、みんな一緒か。世間の権威にあぐらをかかず、多くの人が気づいていないいいものを見ることができる審美眼があるぞということをやっぱり見せたい。
 そういう会にだれかが少女マンガの切り抜きをもってきて「これがおもしろい」と言うんだよ。それが萩尾望都さんの「ケーキケーキケーキ」だった。
 その時も面白いとおもったけど、ぼくが萩尾さんのすごさを本当に分かったのはその数年後かな。
 『11人いる!』という作品を読んで衝撃を受けて、あんまり驚いたから、「りぼん」から「マーガレット」までそのとき手に入る少女マンガ雑誌をすべて買ってしまったほどだった。そのなかに「ああ、この人はいいな」という人は何人かいたんだけど、萩尾さんはやはり抜きん出ていたね。なかでも『ポーの一族』は、ぼくらのストライクゾーンだった。
 それからは「りぼんデラックス」などを小脇にかかえて東京にいくようになったんだ。「えっ、おまえそこまでフォローしてるの」と思われたいという気持ちがあったんじゃないかな。
 ぼくのまわりでは、少女マンガを男たちが読むようになったのはSFファンが媒介になっていたんだ。

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ポーの一族 I 萩尾望都Perfect Selection 6 (フラワーコミックススペシャル)

ポーの一族 I 萩尾望都Perfect Selection 6 (フラワーコミックススペシャル) 著者:萩尾 望都 出版社:小学館

ヴァンパイア像を一新

 ――すみません。正直に言うと少女マンガの描線と字の細かさが苦手で……。

 少女マンガは苦手という人にこそ読んでもらいたい。
 萩尾さんは、たまたま少女マンガのジャンルから出て、たまたま表現形式はマンガだったけれど、小説、マンガという区別なしに、ものを作る上で優れた人なのだと思う。
 『ポーの一族』がすごいのは、少女マンガなのにヴァンパイア(吸血鬼)を題材にしたこと。しかも主人公が永遠に年をとらない14歳の少年2人ですよ。ヴァンパイアといえばドラキュラ伯爵というようなイメージを一新させましたね。エドガーとアランはときにけんかしてときに…って、これは恋愛話でしょ。
 萩尾さんとたまに一緒に飲むようになって、「『ポーの一族』の続き描いてね」と言ったら。「もう描けないんです」って言うんです。
 ぼくにもすでに完結した話があって、あの時代、あの精神状態だったから書けたものだから、いまあの話の続きを書いてって言われても困るというのは分かります。
 でも『ポーの一族』には決着がついていない話があるんだね。
 ヴァンパイアになっちゃったんじゃないかって人が出てきたり、それでどうなっちゃうのって疑問が残っている。会うたびに、ぜひ一本とお願いしていたら、「一つやりたいと思っている手はあるんですよ」とおっしゃっていました。
 どういう手かはわからないんだけれど、だれか心あるマンガの編集者が「やりましょう」と誘ってくれれば、続きが読めるかもしれませんよ。

 ――「獏さんに読んで欲しいマンガ」では、「萩尾さんの作品のなかでも特に胸が痛くなる」作品として『A―A’』『半神』を推薦してくれる方がいました。

 萩尾さんの作品については、物語性の豊かさと文学性が同居する理由とか、もう少し話したいことがあるので、また別の回をもうけましょうか。『トーマの心臓』とか『訪問者』もいいですよ。

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日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)

日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス) 著者:山岸 凉子 出版社:メディアファクトリー

廐戸王子とつながる安倍晴明

 ――獏さんの新作『翁』(角川書店)はすごいですね。陰陽師・芦屋道満が出てきて、あの有名な六条御息所のエピソードにまったく別の光をあてています。「源氏物語」を換骨奪胎する力わざに驚きました。朝日新聞朝刊に連載された「宿神」とともに、宿神=翁という視点から歴史をとらえ直す試みの第1弾ともいえます。

 「宿神」については文化人類学者の中沢新一さんに教えてもらってずいぶん前から調べていたんだけれど、「源氏物語」は大和和紀さんが源氏物語を描いたマンガ『あさきゆめみし』でやっと全体像をつかんだんだよ。

 ――ええっ。獏さんたしか日本文学科卒でしたよねえ。

 「源氏物語」は知ってても、原典で全部読んだ人って本当はあんまりいないと思うよ。ちゃんと正直に告白するところが良いだろ? それにオレの教養のベースはマンガだと自信を持って言えるからね。たとえば「陰陽師」シリーズの主人公・安倍晴明にしても、山岸凉子さんの『日出処(ひいづるところ)の天子』の廐戸王子(聖徳太子)の要素が入っているんだよ。

 ――ええっ、ええっ。それは「陰陽師」読者にとって衝撃的な告白です。

 岡野玲子さんのマンガは別だよ。あくまで小説の話。
 もちろん廐戸王子だけではなく、横山光輝さんの『伊賀の影丸』の阿魔野邪鬼(あまのじゃき)などもまじっていますけどね。

 もう一つ、ぼくが強くひかれるのは、描かれる廐戸王子の能力が、単に超能力とかいうものではなく、そのベーシックなところでものを知ることからうまれる何かであるというような要素もあること。そして、その力がうまく名付けられないものとして描かれているところです。
 きちんと描いて、説明してしまったら、SFになってしまうんです。
 安倍晴明の持っている能力を書くとき、ぼくは意識的にそうしています。名前はつけない。魔術とか妖術とかはもちろん、ぼくは「陰陽術」とも書いていません。ただ「呪(しゅ)」とは書いていますが、これは術や能力というよりは、“原理”のことですから。術は名付けることで狭くなるんです。おそらく山岸さんは「名付けない方がよさそう」という無意識の確信犯じゃないかな。

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日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫) 著者:山岸 凉子 出版社:白泉社

「新しい日本画が始まった」

 山岸さんは画力の上でもすごい作家ですよ。
 何がすごいかって言うと、この作品を初めて読んだとき「ここから新しい日本画が始まった」って感じたぐらいです。
 たとえば「護法童子」がさらりと描かれていても、まわりの絵とすんなりとけ込んでいる。マンガよりも古い日本画に近い、そんな描線なんです。
 昨秋からメディアファクトリーで復刻されている『日出処の天子』は、原稿にあったカラーページをすべて収録しています。これは必見でしょう。

 ぼくの知る限り、少女マンガで関節を上手にかいたのは、まず萩尾さんでした。
 山岸さんは関節に加え、筋を上手に描くのです。バレエマンガの『アラベスク』では、股関節から大腿に向けて筋をすっと書き入れています。これはそれまでの少女マンガの伝統から踏み出すもので、ぼくは最初に見たときは驚きました。ちなみに板垣恵介の描く拳(こぶし)は芸術だという話はまた後でしましょう。

 ――「づる天」といえば、BL(ボーイズ・ラブ)の祖という人もいます。

 廐戸王子が沐浴しているのを蘇我毛人(えみし)が見るという冒頭の場面。毛人は廐戸王子を女だと思ってしまう。もう、最初から少女マンガにはありうべからざることが起きています。
 BLなんてことばがまだなくて、山岸さんは自分の表現を追いかけていって、ここに至ったんだと思います。
 ぼくはヘテロなので現実の男同士のからみは嫌なんだけど、山岸さんが描く世界は好きです。それは『ポーの一族』も同じで、ぼくにとっては作品として、ファンタジーとして優れているから成立している世界なんです。

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日出処の天子 (第2巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第2巻) (白泉社文庫) 著者:山岸 凉子 出版社:白泉社

マンガと一緒にジャズを

 ――前回の格闘マンガから一転、BLにまでいくとは思いませんでした。きょうは美人音楽プロデューサーと一緒に話をうかがったので、女性に配慮したセレクションだったのかと勘ぐりましたよ。

 これはおっか……。いや、おかしなご縁で、彼女の制作したCD「フラクタル」は、ぼくの友人の寺田克也さんがカバーイラストを描いているんです。
 ピープル・アー・マシーンズというバンド名はまだなじみがないかもしれませんが、ピアノのマグナス・ヨルトとベースのペーター・エルドは、ドラマーの池長一美と来日ライブもしていて人気があるんですよ。
  「特に、変拍子に対する彼らのアプローチを堪能しながら聴くとおもしろい。アメリカのジャズが欧州の若いジャズ遺伝子に伝わり確実に浮遊を始めているのだ。それも一筋縄ではいかない。変拍子中心に書かれたオリジナルなのだが、彼らのメロディはどこか北欧らしさが溢れ、美しく聴いていて心地よい」

 ――あれ、獏さん、何か棒読みじゃありませんか。

 ともあれ、なかなかいいCDなので、我が家の平和のためにもぜひ聴いてください。
 実は今度マグナスが来日したら、オレの作詞した「おやじ節」に曲をつけてもらおうかと思っているんだ。きっと歴史に残る名曲になると……。

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