獏さんのまんが噺 3

 「獏さんのまんが噺」も、今回で3回目となりました。前回の『ポーの一族』『日出処の天子』特集は「ブック・アサヒ・コム」で連日のトップビューとなり、獏さんの古いSF仲間からも声援が届くなど、注目度の高さに驚いています。
 3回目は満を持して獏さん原作のマンガ『陰陽師』の登場です。

 『陰陽師』1(白泉社)より(C)夢枕獏 岡野玲子/白泉社

 岡野玲子さんによるマンガと、獏さんの小説の本質的な違いは何か。『陰陽師』の秘密を獏さんが熱く語っています。
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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。
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 過去の連載はこちら。第1回第2回
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陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)

陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫) 著者:夢枕 獏 出版社:文藝春秋

違う引き出しを意識的にあける


 ――獏先生、前回は「ブック・アサヒ・コム」で連日のトップビューとなりました。格闘技マンガを題材にした第1回の3倍以上です。

 うむ。急に先生をつけるとは、現金な男だねエ。
 第2回は『ポーの一族』と『日出処の天子』という強い作品だったから、萩尾さんのファンと山岸さんのファンが読みにきてくれたんじゃないかな。

 ――『日出処の天子』が小説『陰陽師』のキャラクター造形に影響を与えていたということに驚いたり、得心したりする方が多かったようです。『陰陽師』ファンもやっぱり多いですね。

 じゃあ、今回は『陰陽師』の話をしようか。
 『陰陽師』の小説を書き出したのは、もう25年ぐらい前になるかな。作家になる前から「今昔物語」などが好きで読んでいたので、安倍晴明はいつか小説にしたいと自分の引き出しに入れていたんだよ。それが、「闇狩り師」や「魔獣狩り」で「バイオレンスとエロスの作家」として売れてしまったので、しばらく書かなかったんだ。
 ノベルスが売れに売れていた時代で、知り合いの編集者が「何でもいいから書き飛ばして、10日ぐらいで一冊やっちゃいましょうよ」と言うんだよ。別の編集者も「中国拳法の達人が出てきて、ばっばっと悪人を倒していくようなやつをちょちょっと(書いて)」と頼むんだ。

 ――いや、それはひどい。

 でも、そう言われてうれしい気持ちもあったんだ。「こいつはそれができる作家だ」と思われているってことだから。でも、その時オレの頭に危険信号がともったのも確かだね。このままではダメだと。それでそのころ『陰陽師』や『上弦の月を喰べる獅子』など伝奇バイオレンスではない引き出しを意識的にあけていったんだよ。売れている今だから違うことをやらなければならない。だから売れている最中で脱いだ宮沢りえちゃんは尊敬しますよ……。

 ――はあ。

 ともあれ、『陰陽師』は単行本がじわじわと売れるロングセラーになったんだ。

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陰陽師 (1) (Jets comics)

陰陽師 (1) (Jets comics) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

1回目で「これはいける」

 小説を書きながら、『陰陽師』をやるんだったら役者は野村萬斎、マンガは岡野玲子と思ってたんだよ。岡野さんはパトリシア・A・マキリップの『妖女サイベルの呼び声』をもとにした「コーリング」という作品を雑誌に連載していて、これが実に良かったんだ。
 それがあるとき、岡野さんも『陰陽師』をやりたがっているということが分かって……。ほら、あるだろ、中学とか高校とかで「オレ、岡野さんが好きだ」と思っていると、「岡野さんも獏さんのこと好きだって言ってるよ」みたいな。

 ――はあ。

 連載第1回の原稿は格闘技観戦の後、飲み会をやっているところへ編集部からファクスで送ってもらったんだけど、「これはいける」と思ったね。例えば、菅原道真がザクロを食べて炎を吹き出し、それが妖怪になる場面など、岡野さんは絵以外にまったく説明していないが、勉強しつくして描いているんだよね。冒頭に入れた、百鬼夜行の妖怪たちが天にのぼっていこうとする場面など、じつにいいんだなあ。
 平安時代の軒下や屋根の裏側が描ける人なんて、ほかにいませんよ。凡百の漫画家と違って岡野さんは調べつくした末に確信犯で描く。ぼくが小説にするときは、博雅は「黒袍(くろのほう)」を着ていると名前を書ければいい――つまりそのかたちを知らなくてもいいんだけど、岡野さんは、それをきっちり描く。さらに官位によって違う着物を描き分けている。これはすごいですよ。

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陰陽師 (13) (Jets comics)

陰陽師 (13) (Jets comics) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

岡野版と獏版との違いは

 ――白泉社では全13巻にまとまっています。半分くらいまで獏さんの小説で読んだ話ですが、後半は原作にない展開ですね。

 以前、岡野さんにオレと魔法や超能力に対する考え方が似ていると言ったことがあります。岡野さんが「ええ~」と言って「獏さんとは違う」と言いたげだったんだけど、これについて説明しておくと、オレが似ていると言ったのは、マンガに多いパターンのエスカレートしていく超能力や魔法ではないという点です。そういうマンガ、ぼくはきらいじゃないんだけど、晴明はそういうパターンじゃない。晴明でもかなわない相手が出てきたときに、晴明がもっと修行して新しい力を身につけて戦うわけじゃない。常に悪鬼とか妖怪のこころに寄り添うかたちで解決していく。
 岡野さんにはそういう意味で似ていると言ったんだけど、岡野さんが「違う」と感じていたのは、スピリチュアルな世界についてのスタンスの違いだと思います。ぼくは魔法の世界を描いていてもSFなんですよ。ちゃんと作っている自覚がある。だから信じていて、信じている世界をあらわす手段として晴明を使っているわけじゃないんですよ。岡野さんは自分のスピリチュアルな世界観があって、それに晴明を参加させているわけですよね、たぶん。
 オレの晴明と博雅は、基本的にワトソンとホームズなんですよ。べーカーストリート221番地Bにふたりがいると、馬車でやってきた妙齢の婦人が「助けてください」と告げるという構造を意識的に使ったもので、岡野さんのマンガで描かれたような背景までは設定していなかった。
後半は、正直、ぼくにもわからないところがあった。岡野さんが自分の世界に深く入っているのが分かります。ただ、そのことで、ぼくが書けなかった、考えていなかった深みを岡野さんが『陰陽師』に与えてくれたんですね。これは小説『陰陽師』にとっても大きかったと思います。

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陰陽師玉手匣 1 (ジェッツコミックス)

陰陽師玉手匣 1 (ジェッツコミックス) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

岡野版『陰陽師』が再開

 ――岡野さんの『陰陽師 玉手匣』(白泉社)という新刊も出たばかりですね。

 岡野さんは『陰陽師』13巻で「描ききった」という感じだったのですが、ぼくは連載終了から時間もたったので、そろそろ『陰陽師』どうかなと。このまま埋もれさせてしまうのももったいないと思っていたんです。もう一度『陰陽師』をマンガにしたいなと思って、まず岡野さんに声をかけました。それが一昨年12月から「メロディ」で始まった「陰陽師 玉手匣」です。
 今回は岡野さんが「自由にやっていい?」というので、「どうぞ」と。その方が岡野さんはすごいものを描きますので。ぼくは原作よりちょっとひいた原案という形になっています。

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陰陽師―瀧夜叉姫〈上〉 (文春文庫)

陰陽師―瀧夜叉姫〈上〉 (文春文庫) 著者:夢枕 獏 出版社:文藝春秋

もうひとつのマンガ『陰陽師』もスタート

 もう一つ、3月中旬からは「陰陽師」シリーズの長編『瀧夜叉姫』を睦月ムンクさんにマンガ化してもらう計画も進んでいます。

 ――えっ。岡野版以外の「陰陽師」が生まれるってことですか。
 
 睦月さんは20代の女性の作家で、イラストの仕事が多い方ですね。絵を見て、大丈夫だろうと思っています。こちらは月刊誌「COMICリュウ」(徳間書店)で3月中旬発売の5月号からプレ連載が始まります。映画でいうと予告編のような感じです。5月発売の7月号から毎月連載の予定です。こちらは『瀧夜叉姫』という長編に寄り添うマンガになると思います。
 今年は『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』も漫画化される予定です。

 ――今年も盛りだくさんですね。そういえば「SFファンジン」という同人誌が主催する「空想科學小説コンテスト」では、夢枕獏賞として賞金5万円を提供されるとか。

 ぼく以外の審査委員は映画監督の佐藤嗣麻子さん、慶応大教授の巽孝之さん、大阪大教授の菊池誠さん、元SFマガジン編集長の阿部毅さんです。3月31日締め切りで、2万字までの未発表の創作を募集しています。「夢枕獏賞」はファンタジーもOKですよ。詳細な募集規定はフェイスブックページのこちらで。問い合わせは madam_2001@mac.com へ。

 でも、受賞作が本になって売れたら、印税から5万円は飲み代として返してもらうからなっ。

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