獏さんのまんが噺 5

 「獏さんのまんが噺」5は『ガラスの仮面』(白泉社)を紹介します。1975年から続く美内すずえさんの伝説的少女マンガで、演劇の世界に魅入られた北島マヤの成長を描いています。マンガの枠を超えて日本の演劇界にも影響を与えた名作を、70年代から愛読者だった獏さんがひもときます。
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4月11日に吉川英治文学賞の贈賞式があり、その後の「祝う会」では「さっきのあいさつでは死ぬまで書くと言ったけど、釣りもずっとするぞ」と宣言した獏さん(右)に萩尾望都さん(中)も瀬名秀明さんも苦笑い。

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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。
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 過去の連載はこちら。第1回(『修羅の門』『軍鶏』)第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)第4回(『餓狼伝』)

ガラスの仮面 1 (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面 1 (花とゆめCOMICS) 著者:美内 すずえ 出版社:白泉社

恥ずかしい『ガラスの仮面』事件

 ――押忍!! 格闘噺、格闘小説、格闘漫画、落語ファイト倶楽部、バンザイ! 前回は林家彦いち師匠のコメントも頂けて、感激でした。(3回、4回では書き込みをいただいたユーザーコメントの一部が消えてしまうトラブルがありました。申し訳ありませんでした)

 オレも書き込んでいただろ。

 ――はい、驚きました。獏さんに使える機械はFAXまでだと思っていたので「なりすまし」じゃないかと疑いました。「BAKI YUMEMAKURA」とかになっていないか、何度も確認しちゃいました。

 たしかにFacebookの書き込みはうちの…、いや常設秘書兼音楽プロデューサーに頼んで入力してもらったものだが、オレもパソコンぐらいはいじれるぞ。この間も女性の写真がたくさんあるサイトをちょっとのぞいたら支払いをしろという画面が消えなくなって……。

 ――典型的なオヤジです。
 
 むむっ。
 その事件では多少の反省をした。しかし今日は、オレがまだ初々しい?おやじだった45、6歳ごろの『ガラスの仮面』事件の話をしようか。

 『ガラスの仮面』は1980年代までは一年に2、3冊ぐらいのペースでコミックの新刊が出ていたんだけれど、40巻を越したあたりから5年に1冊とか6年に1冊のペースになっちゃったんだよ。それでうちには新刊だと思って間違って買ってしまったのがどんどんたまって、極端なものになると同じ巻が3冊ぐらいあるんだよ。だいたい書店でマンガが立ち読みできないようなカバーをかけてビニ本化しているから…。

 ――あの、そういうたとえはちょっと…。それに若い世代は「ビニ本」自体を知りませんから。

 なにっ。ビニ本は80年代に一世を風靡した、きわどいグラビアが書店で立ち読みできないようにビニールカバーをまいたもので、これは、実際に見たことがなくても歴史としては知っておかなければならないベーシックな教養なんだが…。

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ガラスの仮面 (第1巻) (白泉社文庫)

ガラスの仮面 (第1巻) (白泉社文庫) 著者:美内 すずえ 出版社:白泉社

劇中劇が魅力に

 ――いや、ビニ本の説明はいりませんから。私のまわりでも『ガラスの仮面』はとりわけ熱烈な、うるさ型の女性ファンが多いので上品な速水真澄風にいきましょうよ。

 うむ。ともかく、そういう状況で、地元の本屋に行ったら、新刊じゃないかなと思うのが平積みになっているんだよ。すぐに手にとるのは気がひけたので、まず1万円以上単行本を買って、ちゃんとした客ですよとアピールしてから、おもむろに少女マンガのコーナーに行って、気になるやつが新刊かどうか確かめるために透明カバーを破いてチェックしたんだよ。
 そうしたら娘のような年齢の店員が来て「お客さん、透明カバーを破かないでください」って言われちゃったんだ。
 それで「いままで何度か同じ本を買っちゃってるんで、確認してたんです」と低姿勢で答えると、「そういう時は私に言ってください」と言うんだよ。
 なにっ、45のオヤジが娘のような年頃のおまえのところにいって、すいませんけど『ガラスの仮面』の41巻を読んだか読んでいないか分からないので確認してもいいですかと言えるか、おいっ。言えませんよ。それぐらいなら買うよ、オレは。

 ――獏さん、あの、それは典型的な「逆ギレ」じゃないんでしょうか。

 ともかく、その場ではオレは「はい、すみません」と言って、読んだ本だったから買わずに、そそくさと帰ったんだ。真っ昼間に少女マンガコーナーにひとりで立つだけでも勇気がいるのに、繊細なオヤジ心にはくれぐれも配慮をして欲しいもんだね。

 ――還暦を過ぎたオジサンになっても『ガラスの仮面』の最新刊を買い続けるなんて、おそろしい子!

 ああ、それは月影千草がマヤの才能を評して言うセリフだね。たしか亜弓もマヤを「おそろしい子」と言っていたな。

 ともあれ『ガラスの仮面』が大変なのは、劇中劇をやることなんですよ。
 本編のストーリーとは別に、北島マヤや姫川亜弓が演ずる劇のストーリーを作らなきゃならない。月影千草が昔演じた「紅天女」を再び上演するときに北島マヤと姫川亜弓のどちらが主役をやるかをめぐってふたりが競っているという設定なので、美内さんオリジナルの劇も多く、これは作家としては相当大変だと思いますが、読者としては面白い部分なんだよ。

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ガラスの仮面 48 (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面 48 (花とゆめCOMICS) 著者:美内 すずえ 出版社:白泉社

『巨人の星』との類似点

 北島マヤは、自分の演劇の才能に自分では気づいていない。ほら、あるでしょ、「本人は美人だと分かってなくて、メガネをとったら美人」というような、少女マンガの王道のような設定なんですね。でも実は北島マヤの方が天才で、姫川亜弓はたまたま金持ちの家に生まれただけで努力の人なんですよ、オレの見立てでは。
 実は天才なのに、自分のことを天才とはおもってなくて、ドジでちびでまぬけな女の子だと思っている北島マヤを足長おじさんが支えるんです。最近の少女マンガにはないような大時代的な設定で、これがいいんです。
 『巨人の星』の星飛雄馬と花形満と同じ構造なんです。少女マンガと少年マンガとジャンルは違いますが、片や貧乏で片や金持ちという設定で、キャラクターを際だたせています。知ってるかなあ、花形満って野球のバットでテニスプレーヤーとテニスをして、勝っちゃうんですよ。梶原一騎さんの原作ですが、すごいでしょキャラの立て方が。その飛雄馬と花形に並ぶすごいキャラがマヤと亜弓なんです。
 キャラの立て方はどんなストーリーでも重要なんですが、前回の『餓狼伝』で紹介した板垣恵介さんも、梶原さんなみにキャラクターを誇張する路線をついでいますね。たとえば、関節技の名人は、子どものころからおもちゃのクレーンの関節部分を全部壊しちゃっていたとか。とことんキャラを立てちゃうんです。
 板垣さんと話していたときに、オレはキャラに愛情がわいてしまってあんまりひどい目にあわせられないんだと言うと、板垣さんは「ぼくはやりますよ。お尻の穴まで見せますよ」と。その精神は『ガラスの仮面』にも…。

 ――何を言ってるんですか、『ガラスの仮面』にはそんな「お尻の…」なんて言葉はありませんから。お願いしますよ、もう。

 だいじょうぶ、だいじょうぶ。オレは美内さん、岡野玲子さん、萩尾望都さん、藤本由香里さんと一緒に奄美大島にいったこともあるんですよ。
 2009年の夏に日食を見にいって、それはおもしろかったですよ。
 そのころ美内さんは、水辺に葦を植え、その葦を使って舟をつくって乗るという活動をしていて、そんな話を聞きながら日食を待っていました。
 奄美や沖縄はスピリチュアルな伝統がある土地なので、みなさんはユタに会いにいったんですが、その間、オレは釣りをしていましたよ。不思議な時間でした。

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ガラスの仮面コミック・ファンブック (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面コミック・ファンブック (花とゆめCOMICS) 著者:美内 すずえ 出版社:白泉社

物語を作り出す本能

 ――獏さんはスピリチュアル方面にまったくいかないですね。

 うーん。信じたい気持ちはどこかにあるのだけど、ぼくは死後の世界はないだろうと考えています。ただ、脳内現象としては存在しているんだと思います。
 たとえば死にそうになったときみんなが共通で見る夢があるといいますよね。日本人なら三途の川の向こうにおじいちゃん、おばあちゃんがいたとか、トンネルをくぐったら花畑だったとか。
 あれは脳のなかに、それを見る場所がある。その人がきれいな場所だと思っているところを思い出させる、そういう脳の場所がある。だから、臨死体験などのとき、人がどういう体験をするかは、その人がどういう家庭、文化、民族、宗教の環境で育ったかによるんだと思います。

 ――『ガラスの仮面』を読む前と後では演劇の見方が変わるし、獏さんの小説を読むと格闘技が違うものに見えてきます。世界をどう見るか、どうとらえるかにも、マンガや小説が影響を与えているはずです。

 日本人が格闘技を見るのは、フランス人がワインを味わうのに似ています。どっちが強いんだ、というだけではなく、このリングにあがるまで、どんな苦労をしてきたんだとか、その背後にあるドラマを味わっているんです。ドラマが好き、というより、人間はドラマがないと生きられないんです。
 大昔、古代の我々がようやく石を武器にしだしたころに、森のなかを歩いているとします。うしろで茂みががさがさと揺れる音がしたとする。その時、ドラマを作れる人が助かるんです。このがさがさっと音がしたときに、これはサーベルタイガーがオレを狙っているんだというドラマを作った人が逃げて助かるんですよ。ただ、音がしたな、というだけではだめなんです。
 そういう状況では物語を作れる人が生き残る確立が高い。その音が100回に1回肉食獣だったら、100回に1人ずつ淘汰されていく。そういう「ドラマを作る遺伝子」がきっと残っているんですね。
 だから人間はものを解釈しないと生きていけないんだと思います。空で雷がなると、なんだろうと、それで物語を作る。それはゼウスが怒っているんだ、稲妻を投げているんだというのがギリシャ神話を生んだ。科学も物語を作る行為と似ています。マンガや小説を創り出すのも同じで、我々は本能に導かれて手探りを続けているんだと思います。

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イティハーサ (1) (ハヤカワ文庫 JA (639))

イティハーサ (1) (ハヤカワ文庫 JA (639)) 著者:水樹 和佳子 出版社:早川書房

木枯しにコートの襟を……

 --4月11日に『大江戸釣客伝』の3冠目となった吉川英治文学賞の贈賞式がありました。選考委員で、獏さんの釣り仲間でもある北方謙三さんは「すべてが釣りに収斂していくもの狂いの小説でありながら、どんな読み方もできる普遍性をもっている」と評しました。
 
 いや、まず『仰天・文壇和歌集』のモデル料をまだもらっていないと言われちゃったから、考えていたあいさつを忘れて、どきどきしたよ。
 木枯しにコートの襟をちょっと立ててしまうキタカタにいよいよモデル料を払う覚悟す
 とか、最多登場作家だったからね。

 「祝う会」にもたくさんの人が来てくれて、うれしかったなあ。これからも書きまくり、釣りまくるぞ。
 
 次回はちょっとリラックスしてラズウェル細木さんの『酒のほそ道』(日本文芸社)をやりましょうか。みなさんから希望の多かった水樹和佳(現在は水樹和佳子)さんの『イティハーサ』や萩尾望都さんの『トーマの心臓』『訪問者』も、準備しておきますよ。

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