東郷隆の世界

 世話物は書かない。ビジネス本まがいの英雄出世譚は大嫌い。現代の時代小説作家としては異端でありながら、徹底した考証、目を奪われる奇談、権威を笑いのめすパロディー精神で奇才の名をほしいままにしてきた。初期の人気作「定吉七番」シリーズから朝日新聞連載の『青銭大名』まで5つの代表作を、東郷隆による回顧とともにふりかえる。
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 とうごう・りゅう 1951年、横浜市生まれ。94年『大砲松』で吉川英治文学新人賞、2004年『狙うて候』で新田次郎文学賞。

歴史・時代小説ファン必携 【絵解き】戦国武士の合戦心得 (講談社文庫)

歴史・時代小説ファン必携 【絵解き】戦国武士の合戦心得 (講談社文庫) 著者:東郷 隆、上田 信 出版社:講談社

現実を笑い飛ばす「定吉七」

 「定吉七」シリーズは、スパイ小説・映画「007」シリーズのパロディーで、大阪商工会議所秘密会所に所属する殺人許可証を持つ丁稚がジェームズ・ボンドの代わりに活躍する。『定吉七は丁稚の番号』『ゴールドういろう』など5点を刊行し、大阪に敵対する関東の秘密組織「NATTO(ナットー)」との戦いなどを描いた。ばかばかしさを徹底追求し、博覧強記が笑いを加速させる東郷さんのふだんの語り口に最も近い。今年5月には27年ぶりの新刊の『定吉七番の復活』(講談社)も出る。
 東郷さんは「定吉シリーズは現実逃避のなかで生まれた作品でした」と振り返る。「『コンバットマガジン』の編集者・記者として紛争中のアフガニスタンに行き、帰国後は戦争恐怖症で引きこもってしまいました。いまならPTSD(心的外傷後ストレス障害)ですが、当時はそんな言葉もないために配慮してもらえず、自分から出版社を辞めたのです。ノンフィクションでリアルなものを追求することとパロディ表現は自分のなかでは紙一重で、現実を笑い飛ばすことでやっと自分の足場を確かめることができたのだと思います」
 東郷さんのアフガニスタン滞在記は『戦場は僕らのオモチャ箱』(徳間書店、82年)にまとめられている。当時の新型銃RPK-74を西側のメディアとして初めて確認するまでの経緯が描かれており、付属する銃器の解説はいまも評価が高い。戦闘を細部から理解していく姿勢は、後の『戦国武士の合戦心得』にもつながっている。

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東郷隆時代奇譚小説集

東郷隆時代奇譚小説集 著者:東郷 隆 出版社:白泉社

奇譚こそが小説

 90年にまとめられた『人造記』(現在は『東郷隆時代奇譚小説集』に所収)は、時代小説作家としての出世作となった。表題作「人造記」は説話集「撰集抄」にある西行が死体から新たな人間を造ったというエピソードを題材にしている。
 「小説は本質的にすべて奇譚だと思っています。お化け話ばかり書いてとさげすむ人もいますが、文章に貴賤はなく、怪っ態(けったい)なおもしろい話であることが一番大切だと思っています」
 「人造記」以降、「猫間」『打てや叩けや』『終わりみだれぬ』『そは何者』『洛中の露』と直木賞に6度ノミネートされた。『そは何者』は泉鏡花や永井荷風などの文章の雰囲気を取り込み、作家があやかしの世界につながる者だったことを描きだしていく。「『伊豆の踊子』を踊り子の視点から語り直した「学生」は、発表当時、故江藤淳さんにほめられたのがいまも印象に残っています。まあ、ちょっとした曲芸じみたストーリー展開なのですが……」
 東郷さんには『明治通り沿い奇譚』など現代を舞台にした奇譚の秀作もある。

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銃士伝 (講談社文庫)

銃士伝 (講談社文庫) 著者:東郷 隆 出版社:講談社

アンチ剣豪ものとしての『大砲松』

 彰義隊に砲手として加わった遊び人の町人「松三」を通し、当時の砲術のありようや幕末の混乱する江戸の姿を描き出した。94年に吉川英治文学新人賞を受賞した。
 「剣豪ものが書けないやつは時代小説作家にあらず、と批判されて、じゃあ逆に剣豪や侍が主人公じゃないものを書いてみようと思ったのがきっかけです。『飛び道具とは卑怯なり』という名文句があるように、銃器・火砲は時代劇のなかでずっと継子扱いでした」
 マニア雑誌の編集者時代から始まる銃器知識の蓄積と、国学院大の研究助手として考古学者の樋口清之教授に薫陶を受けた歴史知識から生まれた一冊だった。「助手時代は、博物館の展示模型を作り、発掘現場でひたすらスコップをふるっていました。おかげで資料はどこを探せば出てくるかということが少しずつ頭に入ってきました。今もこんな変わった資料がないかなと思って探すと、たいていどこからか出てきます」
 銃火砲を扱った短編集としては『銃士伝』もある。長篠の合戦など銃器が日本人の歴史を変えた場面を描き出している。

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狙うて候 (上) (実業之日本社文庫)

狙うて候 (上) (実業之日本社文庫) 著者:東郷 隆 出版社:実業之日本社

技術に徹した村田銃の父

 村田銃を開発し、射撃の名手でもあった村田経芳(1838-1921)の生涯を描き、04年に新田次郎文学賞を受賞した。
 「大砲で吉川新人賞を頂き、村田銃で新田賞なので銃器・火砲ばかり書いているように思われがちですが、たまたまの巡り合わせです。何度も言うようですが、そもそも偉い人を立派に描く『偉人伝』のようなものが嫌いで、この作品も最初は幕末南九州の青少年が近代という荒波にもまれてどう変わっていったのかを描こうと思っていたのです。ただ、8年にわたって(途中5年ほど中断)連載を続けているうち、物作りの技術だけで生き、政治に翻弄されなかった村田の姿に少しずつ共鳴していきました」
 村田銃に名は残っても、村田経芳を知る人は少ない。「誰かが書けば彼の功績を伝えていけると思っていました。村田銃の開発だけでなく、軍隊で村田銃の操作、分解などを教えることで西欧的な思考法をそれまで西欧型教育と無縁だった農民出身の徴募兵にも広めたのです。私たちが当たり前のことと思っている現代生活の出発点になったのだと思います」
 埋もれている人に正当な光を当てるという思いは、『九重の雲 闘将桐野利秋』の執筆動機にもつながる。「人斬り半次郎とも呼ばれた桐野利秋の生涯と業績を見直すことで、彼の偏ったイメージが固定化されるのに少しでも抵抗できればと思っていました」

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青銭大名

青銭大名 著者:東郷 隆 出版社:朝日新聞出版

織田信長を生んだ銭の力

 織田信長の父・信秀が伊勢湾の商都・津島をにぎることで経済力をつけ、天下統一の足がかりを作りあげていく姿を描いた。「信長は突然生まれた革命児のように語られることが多いのですが、父である信秀が織田家の基礎を作っています。いたずらに派手な英雄譚ではなく、商品経済というものから生まれた力を見つめてみようと思ったのです」
 貨幣経済論が語られていく半面、怨霊や怪異が信じられていた中世末の社会を舞台に、奇譚の名手である東郷さんの筆がさえる。もう一人の主人公である意足法師の妻蓬子は幻術の使い手で、牛を呑んだように見せる術や鬼や天魔を見せる術なども鮮やかに描かれる。
 「奇譚そのもののような中世社会がどう崩壊していったかも一つのテーマでした。蓬子の集団催眠のような技が効いた社会が確かにあって、それを貨幣や消費流通に象徴される合理優先の戦国社会が徐々に塗り替えていったのです。実在の意足法師は後に家康の軍師にもなります。できればどこかでこの話の続きを書いてみたいと思っています」

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