獏さんのまんが噺 6

 「獏さんのまんが噺 6」は、三宅乱丈さんの『イムリ』(エンターブレイン)を紹介します。獏さんが「オレがSFを書くならこんな作品を書きたかった」と惚れ込む傑作です。マージという星を支配するカーマと隣星ルーンの原住民イムリが、カーマによって呪師となるべく育てられたイムリの血をひくデュルクの変化をきっかけに戦いはじめる壮大なファンタジーです。


『イムリ』(C)三宅乱丈、エンターブレイン
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 夢枕獏さんとイラストレーター・マンガ家の寺田克也さんが対談する「獏さんのまんが噺 特別編」を7月8日、東京・有明の東京ビッグサイトで開きます。午後1時15分開演で1時間半程度の予定です。60名の方に聴講券と東京国際ブックフェアの入場券をプレゼントします。応募はこちら。6月24日締め切りです。
(当選者の発表は聴講券の発送をもって代えさせていただきます)
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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。
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 過去の連載はこちら。第1回(『修羅の門』『軍鶏』)第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)第4回(『餓狼伝』)第5回(『ガラスの仮面』)

イムリ 1巻 (BEAM COMIX)

イムリ 1巻 (BEAM COMIX) 著者:三宅 乱丈 出版社:エンターブレイン

「こんなSFを書きたい」

 ――「獏さんのまんが噺 特別編」、いよいよですね。ゲームのキャラクターデザインなどで人気の「世界の寺田克也」さんがゲストですから、どんな話になるか楽しみです。

 いや、オレだって「小田原の夢枕獏」って呼ばれてるんだけどなあ。
 寺田克也は表現者としてだけでなく、鑑賞者としてもすごいんだ。マンガだってオレも読んでいないようなものをたくさん読んでるし、落語などお笑い系も好きという、いいバランスのセンスをしてるんだねえ。
 そういえば、去年だったかなあ、寺田克也からメールが届いて、「すばらしいですよ『イムリ』。私は泣きました」って書いてあったんだ。

 ――えっ、寺田さんが号泣ですか。

 おれもね『イムリ』が連載されていた月刊「コミックビーム」で『大帝の剣』の連載があったから、ぱらぱらとは見ていたんだ。気になるなあ、何かすごいことが描かれているなあと。それで、寺田克也に背中を押されて単行本でいっき読みしましたよ。それがすごかったねえ。
 二つの星を舞台に特殊な能力を持った支配者と滅ぼされた星の原住民が争うというSF的な設定で、これだけの仕掛けの物語であるのに破綻がないんだな。最初から世界観がきちんとできていて、その設定のなかでえっこんなことできちゃいけないんじゃないの、というのがない。オレがSF書くんなら、こんなの書きたかったよねえ。

 ――えっ、獏さんまで涙目ですよ。

 物語のなかの設定では、ものには力がある。見えざる力があって、生き物からも石からも出ているんだ。イムリたちは、石から、木からもその力を引き出す。それを「でろでろする」というんだよ。こういう語感、ほんとにうまい。
 でろでろしたことある、とか、でろでろしたことない、とか、最初は説明しないんだよ。読んでいるうちに「でろでろ」というのが何であるのかが分かってくる。そういう説明のしかただから、最初に入り込むのには時間がかかるかもしれないけれど、繰り返し読んでこの世界に入っていって欲しいね。

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イムリ 2巻 (BEAM COMIX)

イムリ 2巻 (BEAM COMIX) 著者:三宅 乱丈 出版社:エンターブレイン

ふたりの号泣ポイント

 寺田克也がどこで泣いたかは分からないんだけど、おれはドープという旅のイムリをデュルクという主人公が思い出す場面でぐっときたね。
 このドープ、最初はうさんくさい男として登場するんだけど、これがいい役をやるんだよ。デュルクもひどい目にあって、そうとう悲惨なところでドープのことを思いだすんだ。あのうさんくさいやつが、みんなの平和のために生きたいたんだと…思い出しても目がうるうるするよ。

 ――せっかくですから、寺田さんにも号泣ポイント、聞いてみましょうか。もしもーし。

 「イムリでの号泣ポイント!!! どこだったですかね! 細かく泣きのポイントはあるんですが、もしかしたら、りりしく登場したラルドの、なんとも悲し過ぎる背景がでてきたあたりですかね。あるいは号泣っていったのはおなじ三宅乱丈の『ペット』のほうだったかもしれません。これはネタバレになるから、紙面ではアレですけど、もー大変な、、、、、あれは永遠の号泣ポイントです」(寺田さん)

 ――獏さん、これは『ペット』も読まなきゃいけませんね。
 
 そうだねえ。三宅乱丈さんの作品は、三宅乱丈さんにしか作れない独創性に満ちたものだから。最初に『イムリ』の第1巻を途中まで読んだとき、これはハリー・ポッターかなと思ったんだ。魔法学校に入学して、魔法を習う。エリートで、実は高貴な血を引いていて、世界を滅ぼそうとする悪と戦う話かなと、そう思って読み出したら、ぜんぜん違う。
 ハリー・ポッターはどんなに売れようが、どれだけすごい話だろうが、結局、ある意味ではよくある話なんだと思う。これまでたくさんあったファンタジーの設定のなかで生まれた、魔法にしろ用語にしろ、似たような設定はあるんだよ。
 オレたちはすれっからしの大人だからそう読んでしまうけれど、初めて読む子どもたちは全部が未知の新しい体験だったんだね。ハリポタのよかったのは、そういうことにまどわされず、正面からこれを書いたことだね。
 そして、ハリポタで育った子どもたちが将来、作家になろうとするとき思うんだよ、どうやってハリポタを超えようかって。『イムリ』は、作者の意識がどこまであったのかはわからないけど、その答えになってると思う。

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猫弾きのオルオラネ (ハヤカワ文庫JA)

猫弾きのオルオラネ (ハヤカワ文庫JA) 著者:夢枕 獏 出版社:早川書房

『猫弾きのオルオラネ』を書いた理由

 オレはSFが苦手、いやそうではなくて科学が苦手だった。もっと言うと、数式がだめだった。だからSFが書きたかったんだけど、オレにはその能力はないなと思って書いたのが『猫弾きのオルオラネ』だったんだねえ。
 SFを書きたいという気持ちは今もあって、たとえば、小松左京さんの未完の『虚無回廊』の続きを書くと名乗り出たいんだけど、自分にはその能力がないと分かっているからねえ。これは出てくる宇宙船というか突如あらわれた物体の長さが2光年だよ。そういう話を小松左京さんは力わざでおもしろくできるんだよね。
 『虚無回廊』の続きが書きたいというのは、もちろん小松さんの作品世界が好きだからなんだけど、そこで真似をするだけではパロディーになってしまう。残された時間と自分の能力を考えたとき、この作品の魅力をどこまでふくらませられるのかと考えて、ああ、おれには無理だと。

 音楽の世界にも、すでに多くの人に親しまれた作品をカバーするっていう技があって、最近ではデンマークで人気のロック歌手キラ・スコーフの『キラ・シングズ・ビリー・ホリデイ』がいいんだよ。(購入はこちら)

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地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)

地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫) 著者:芥川 龍之介 出版社:岩波書店

獏さんが「カバー」する芥川作品は

 いつもオレのそばをうろうろしているジャズプロデューサーが、今度日本で初めてキラをリリースするというのでしじゅうかけていて、それで知ったんだけど、キラがビリーの襞に深く切り込んでいってすごいんだ。美人で素晴らしいジャズシンガーはこの世にごまんといるけど、キラの声はどのシンガーとも違う魅力があるんだなあ。似ている声を探せば、ジャニス・ジョプリンかなあ。ビリーの世界をカバーしながらもキラは自分の世界にしてしまっている。こういうカバーの方が絶対おもしろいよね。録音もヴィンテージマイクロホンを使った一発録りというヤツでノスタルジックな雰囲気をうまく出している。デンマークはこういう録り方が上手いよなあ。

 ――獏さん、獏さん、大丈夫ですか。なにやら急にジャズマニアが憑依したような気配が。
 
 うむ。最近は家にいるとずーっとジャズを聞かされているので、だんだんと……。カバーといえば、実はオレも、この秋から新しい小説誌で芥川龍之介の未完の作品「邪宗門」の続きを自分流に書くという仕事をスタートさせる予定なんだ。これはあの「地獄変」と同じ語り部が出てくる、陰陽師的な呪法合戦の話なんだよ。自分が芥川の直系とは思えないにしても、今昔物語や古今集などを題材にしてきたという意味で文学的な芥川の血は混じっている。誰にも真似できないオレにしかできない世界を創れると思っているんだけどねえ。

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