獏さんのまんが噺 7

 「獏さんのまんが噺 7」は、ラズウェル細木さんの『酒のほそ道』(日本文芸社)を紹介します。飲んべえ会社員がだらだら飲む楽しい雰囲気を写し取った作品で、獏さんは「このゆるさは達人の域」と評しています。酒と食べ物のイヤミのないうんちくが支持され、すでに15年以上続く人気マンガです。

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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。

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 過去の連載はこちら。第1回(『修羅の門』『軍鶏』)第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』)第3回(『陰陽師』)第4回(『餓狼伝』)第5回(『ガラスの仮面』)第6回(『イムリ』)

ラズウェル細木のときめきJAZZタイム (ジャズ批評ブックス)

ラズウェル細木のときめきJAZZタイム (ジャズ批評ブックス) 著者:ラズウェル細木 出版社:松坂

セロニアスモンクがのり移った占い師?

 ――『酒のほそ道』にちなんで、きょうは築地の居酒屋で獏さんと美人音楽プロデューサーのYさんが一杯やっています。Yさんのジャズレーベル「クラウド」は、先日もデンマークの歌姫の「キラ・シングス・ビリー・ホリデイ」をリリースしたばかりです。(購入はこちら)
 今回はいつもと趣向を変えて「獏さんのまんが漫才」をお楽しみください。

(獏)ラジオ深夜便や弘兼憲史さんの番組に出演したときキラ・スコープをリクエストして…。

(Y)もう。スコープじゃなくて、スコーフです。キラ・スコーフ。ちゃんと覚えてくださいねっ。

(獏)番組では間違えなかったんだけどなあ…。

(Y)キラの記事は「ジャズ批評」にも載ったんですよ。デンマークの国民的なロック歌手で、ジャニス・ジョプリンを思わせるソウルフルな歌声なのに、ジャズファンの一部にはロック歌手がジャズを歌うというだけでアレルギー反応を示す人がまだいるの。

(獏)うーん、それは他ジャンルの作家がいいSFを書くとなんだかくやしいSFファンの気持に近いかなあ。

(Y)その「ジャズ批評」にはラズウェルさんの『ときめきJAZZタイム』がかつて連載されていて、これがもう最高! ほら、ここ、女占い師にセロニアスモンクがのり移ってという場面なんだけど、この手つきなんかまさにモンクなんですよ。ジャズファンなら大喜びしますよ。

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酒のほそ道 1 (ニチブンコミックス)

酒のほそ道 1 (ニチブンコミックス) 著者:ラズウェル細木 出版社:日本文芸社

知らなくても笑える物まね

(獏)いや、それはジャズファン以外にもきっと通じるんだよ。関根勤さんのものまねにシーザー武士のまねというのがあるんだ。格闘技好きでシーザーを知っているオレたちが爆笑するのは当たり前にしても、シーザーという名前を聞いたことがないという人が見てもおもしろいんだよ。見たことないけど、きっとこうなんだろうなあって。関根さんはたとえば「近くの床屋のオヤジの真似」なんてのも芸にしちゃうぐらいだから。
 『ときめき…』でも元ネタのジャズプレイヤーを知っているか、知らないかは問題にならないんだ。むしろ、この本をきっかけでジャズに興味を持つ人もいるんじゃないかな。

(Y)ラズウェルさんにキラ・スコーフを聴いてもらいたいなあ。

(獏)オレも宣伝には相当協力しているつもりなんだけどね。

(Y)はい、大先生には感謝しております。

(獏)まったく、身内での評価というのは不当に低いね。このあいだも娘たちがマンガを読んでいるから「この漫画家さんはお父さんのファンなんだよ」って言ったら「またまた~」だもんなあ。オレは娘に、さりげなく、というか相当直接的にアピールしてるんだけど、オレの価値がちょっと理解されたのはスマップの稲垣吾郎君が「陰陽師」の安倍晴明役をやったときだもの。
 まあ、オレの話と比べるのもなんだけど、あるマンガ家さんはご両親の評価が我々とはちがっててね。そもそもマンガ家になることに反対で「マンガ家になるなんて世間に顔向けできない」ってほどで、出版社の賞をとっても、仕事の価値を認めようとしなかったらしいね。
 ただNHKの連ドラで「ゲゲゲの女房」を家の方が見て、「おまえも大変な仕事をしてるんだね」とちょっと軟化したらしいけど。たくさんのマンガ家があのテレビで救われたんじゃないかなあ。
 萩尾望都さんもね、紫綬褒章を受けたことで、周囲の方たちにその偉大さがやっと伝わったようだけどね。読者であるわれわれは何十年も前から分かっていたことなんだけどなあ。

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酒のほそ道 宗達に飲ませたい日本酒100選

酒のほそ道 宗達に飲ませたい日本酒100選 著者:ラズウェル細木 出版社:日本文芸社

繰り返しを恐れない「達人」

(葉)はいはい。ちゃんと尊敬しますよ。リスペクト。でも、そろそろラズウェルさんの話に戻しましょうよ。

(獏)うむ。ところで、このまぐろの中落ちはすごいね。骨からこそぎ落として食べるのか……。この骨と骨の間の白い皮は何なの。まぐろは全身が筋肉っていうから、筋肉の膜、筋膜? 金幕のスター、なんって。久保田もう2合いこうか……。

 ――いい感じで『酒のほそ道』感が出てきたのですが、そろそろ作品に…。

(獏)うむ。このキスと穴子の天ぷらも……。
 ……。
 ……。

 今回、1巻から読み返してみて、オレは連載の最初から読んでいたんだって分かったよ。自分で自分をほめてあげたいね。掲載されていた「漫画ゴラク」って雑誌は、スキャンダル後の梶原一騎さんの作品を掲載したり、永井豪さんの「バイオレンスジャック」や高橋よしひろさんの「銀河伝説WEED」とか他のマンガ誌で一度完結したものを、またあらたなテイストでやったりするもんだから、マンガマニアの間では人気があるんだよ。最近では「どげせん」もあったね。

(Y)どれだけ読んでいるんですか。仕事場はマンガで足の踏み場もない、というか、入れないですものね。

(獏)それでも雑誌はかさばるんで処分しているんだけどなあ。
 最初から目をつけていたという話以外に、もうひとつ、自慢話をすると、今回は手塚賞の短編賞をとったから紹介するんじゃないですよ。発表前にもう取り上げることを決めていたんだから。ここはぜひ活字を2倍にして書いておいて欲しいね。

 ともあれ『酒のほそ道』というのは、すごいマンガなんだよ。
 居酒屋っていうのは、毎日いっても、毎回楽しい。それそのものですよ、このマンガは。でも、オレも含めて作家というのは繰り返しを嫌っていて、なかなかこういう風には書けないんだ。「これはこの前使ったネタかな」とふつうは怖くなっちゃう。
 オレの場合『陰陽師』は「寅さん」でいいんだ、って思えたときから楽になった。おそらくラズウェルさんは、相当前にふっきれたんじゃないかな。途中で悟ったというより、描き出したときからこのトーンが変わっていないから、ラズウェルさんは達人なんじゃないかと思うほどだよ。

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自虐の詩 (上) (竹書房文庫ギャグ・ザ・ベスト)

自虐の詩 (上) (竹書房文庫ギャグ・ザ・ベスト) 著者:業田 良家 出版社:竹書房

うんちくはあるが、押しつけはない

(Y)達人というより、オタク的に自分の楽しみを貫いているのが、こちらにも楽しく伝わってくるのですけど。

(獏)オタクであるだけでなく、多くの読者が楽しむポイントを分かっているよね。
このマンガを最初に読んだとき思い出したのは、業田良家さんの『自虐の詩』だったんだ。『自虐の詩』は4コマがいつの間にかストーリーマンガになっていく。おそらく描いている途中で自分の意図しないものが出てきて、想定していなかったストーリーが生まれた、いわば奇蹟の作品ですよ。それに対してラズウェル細木さんがすごいのは、最初からこのまんまな所なんだ。
 絵柄も変わらないし、自分の好きな酒の話をちょこちょこっと書いて、そういえばそんなことあるかもという話なんだよね。ふつうなら、出てくる女の子となんとなく関係ができたり、ストーリーが動いていくのに、よくぞここまでって思えるほどずっとそのまんま。これがいいだねえ、ほっとするから。

(Y)獏さんその紙はなんですか。

(獏)これ、出がけにちょっとメモを書いてきたんだ。なになに。「うんちくはあるけど、押しつけはない」。そう、きょうはその話をしようと思ってたんだよ。
 このマンガに出てくるのは、うんちくというよりトリビアですよ。われわれレベルの日常の雑学で、へえそうなのっていうレベル。大所高所からの啓蒙じゃないんだよね。「おまえら知らないだろうけど、こうなんだよ」じゃないから、このうんちくは耳障りじゃないんだ。
人はね、ついつい偉そうなことを言いたくなっちゃうんだよ。オレのなかもそういうところがあるんだ。天下のためにこういうことは言っとかなきゃ、とか。自覚症状としてあるんだよなあ。

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う(1) (モーニング KC)

う(1) (モーニング KC) 著者:ラズウェル 細木 出版社:講談社

山下洋輔さんらと共演

(Y)偉そうなことなんて、言ってましたっけ?

(獏)いや、オブラートにくるんで、そっとね。
 偉そうなことを言うのは嫌なんだけど、フランスで『陰陽師』を朗読して以来、このところ朗読の面白さには目覚めちゃって。7月21日には東京芸大の奏楽堂で「時の響き ジャズ in 芸大」っていうイベントで『陰陽師』を語るんだ。ピアノは山下洋輔さんで、尺八が山本邦山さんの演奏なんだ。(詳細はこちら)

(Y)ええっ、ジャズファンあこがれの山下洋輔さんと人間国宝の山本邦山さんと同じ舞台に上がるんですか?

(獏)やっぱりオレの身内での評価は低そうだなあ。

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