獏さんのまんが噺 特別編(上)

 7月8日に東京・有明の東京ビッグサイトで開かれた対談「獏さんのまんが噺 特別編」は大盛況でした。マンガ家・イラストレーターの寺田克也さんをゲストに迎え、前半では寺田さんの『大猿王』(集英社)を、後半では2人の共作『十五夜物語』(8月上旬発売予定、早川書房)について語り合っています。今回の前編では、獏さんが「このインパクトは世界最強」と惚れ込む『大猿王』の魅力が解きほぐされます。



「『大猿王』の3巻、早く出してよ」と夢枕獏さん(左)に言われあわてる寺田克也さん
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 ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。
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 過去の連載はこちら。第1回(『修羅の門』『軍鶏』)第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』)第3回(『陰陽師』)第4回(『餓狼伝』)第5回(『ガラスの仮面』)第6回(『イムリ』)第7回(『酒のほそ道』)

西遊奇伝大猿王 (1) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

西遊奇伝大猿王 (1) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ) 著者:寺田 克也 出版社:集英社

ぼやきの理由は格闘技

 ――獏さんは京都から会場に駆けつけたところです。前夜は小松和彦さんの国際日本文化研究センター所長就任パーティーがあり、遅くまで友人知人と話し込んだらしく、のどもかれぎみです。一方の寺田さんはお気に入りの格闘技の試合が対談と同時刻にあるらしく「この日だと分かっていたら、対談の仕事を受けなかったのに」と舞台裏でぼやいています。

(獏)きょう、格闘技の試合なにかあったけ?

(寺)やめてくださいよ、せっかく忘れて、気持ちを鎮めていたのに。

(獏)熱烈な寺田ファンが後ろで「○○、勝利」と書いたボードで結果を知らせたりして。

(寺)もう、殺意を覚えますね、たとえ善意であっても。電車の会話とかで耳に入ってきちゃったり、夕刊紙の見出しがちらりと見えたりするだけでも、あ~って気分になっちゃうんですから。

(獏)確かに同時刻に二つの試合が重なっていたりすると、リングサイドでもう一つの試合の結果を携帯で仕入れて大きな声で話している人もいて困るよねえ。

(寺)録画を見るときに結果を知っているとどうしても見方が変わってきちゃうんです。だから、オレはマンガでも小説でもネタバレには厳しいですよ。

(獏)きょうは『大猿王』のネタバレはほどほどにしといたほうがいいかな。じゃあ、そろそろ始めようか。

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西遊奇伝大猿王 2―集英社・愛蔵版 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)

西遊奇伝大猿王 2―集英社・愛蔵版 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ) 著者:寺田 克也 出版社:集英社

こんな「西遊記」を読みたかった

 ――獏さんと寺田さんが満員の会場に現れ、寺田さんが手持ちのiPadをプロジェクターにつなぐと、スクリーンには『大猿王』の大きな画像が映しだされます。会場には編集者やイラストレーターを志す人たちも多く、迫力たっぷりの画面を食い入るように見ています。

 (獏)みなさん、こんにちは。きょうは寺田克也と『大猿王』について話します。これはすごい本ですよ。ぼくは連載の最初から読んでいるけど、単行本では最初に悟空が五行山に打ち付けられている場面が最初に付け加えられていますね。 この絵、すごいでしょ、目や手のひら、力こぶのところに鋼鉄のくいが打ち込まれて、山の上でびゅうびゅうと風に吹かれている。ああ、オレはこういう「西遊記」を読みたかったんだと気づいたね。

(寺)冒頭の絵はあとで足したんです。もともとできたばかりの雑誌だったので、いつつぶれてもいいように描きたい場面をまず描いてしまおうと。自分がいろいろな「西遊記」を読んできて、見たいなあという場面を選んで始めたんです。単行本にまとめるときは最後まですじが見えていたので、帳尻を合わせるかたちで冒頭の部分を書き足したんです。

(獏)ネタばらし、大丈夫ですかね?

(寺)いいですよ。

(獏)最初の数話は五行山に封じ込められた悟空が回想している場面だったんですね。連載のとき、それが明らかになるのは物語が進んでからなんですが、単行本では冒頭に封じられた悟空の絵を置くことでその構造がはっきりと分かるようにしたんですね。
もうひとつネタを明かすと、この作品のなかでの「三蔵」は女の腹のなかにはいっている存在なんですね。人間ではなくて、ある力の塊のようなものなんです。

(寺)細かくは決めてなかったんですけど。

(獏)その「力」を争奪するために、周りの者がばたばたしていると。三蔵という力を持っていれば、どこにでも行ける。そして、そのいれものとして女性の身体がある。

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キマイラ 1 幻獣少年・朧変 (ソノラマノベルス)

キマイラ 1 幻獣少年・朧変 (ソノラマノベルス) 著者:夢枕 獏、寺田 克也 出版社:朝日新聞出版

セクシー三蔵法師の源流

(寺)われわれは夏目雅子さんが三蔵を演じた「西遊記」で育ってますので。女性が三蔵法師というビジュアルはできていた。今回はそれをもうちょっと進めて、アダルトな感じでと。

(獏)ぼくらはそのひとつ前の手塚治虫さんの『ぼくの孫悟空』かな。その三蔵法師も化け物にさらわれて「悟空や助けておくれ」いうところなんか、色っぽいんだ。三蔵法師がお尻をむき出しにされて金閣か銀閣にお尻を切られようとしている場面を見たときは、子ども心にセクシーだなと思ったね。だから三蔵法師が女という設定に違和感がない。『大猿王』の絵はアダルトというか、すごいよね。裸の女が縛られていて、猿ぐつわをかまされているんだから。

(寺)こけおどしですから。

(獏)目隠しされて、猿ぐつわで…。

(寺)ここだけ見るとずいぶんひどいですね。

(獏)ビジュアルのすごさに目がひきつけられて、最初は分からなかったんだけど、あの猿ぐつわは、呪文を唱えないように、力が漏れ出さないようにという設定なんだね。これをすごい絵にしたのがあったはずなんだけど、あれは幻だったのかなあ。オレの脳内幻想というか……。あ、ありました。これ、これ。三蔵の入れ物としての女を魔物が犯そうとして、猿ぐつわをといて口を吸う。すると三蔵の力が魔物の口から入って、背中と後頭部を破って外に出てくる。しかもそれが仏の形をして、内側から突き抜けていくんです。おれは弥勒菩薩そのものが出てくるようなイメージで読みましたね。これはすごい、大変にいいシーンですね。

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キマイラ 2 餓狼変・魔王変 (ソノラマノベルス)

キマイラ 2 餓狼変・魔王変 (ソノラマノベルス) 著者:夢枕 獏、寺田 克也 出版社:朝日新聞出版

無自覚に右手を走らせる

(寺)ありがとうございます。いまのところは自然に出てきたところです。話の流れ的に三蔵の力が入ってきてしまえば、あの絵にならざるを得ないんですよ。

(獏)それが自然に、というところがすごいところだねえ。これまでたくさんの訓練をしてきたからすっとこういうのが描けてしまう。

(寺)いろいろなマンガや小説、夢枕獏なんて影響があって出てくるんでしょうね。好きな世界なので意識的に描いていることは少なくて、もうおもむくままに描いている感じです。だから「ここの絵が」というのはあまりないんです。

(獏)じゃあ、オレが代わりにお薦めの絵を言おうか。たとえばこれ、ブッダが画面一杯にでてくる場面とか。すごいなあ。オレは「陰陽師」的には相当影響を受けてますよ。
 オレの場合は書いていて「ここはすごい」と自分で分かるときがある。そういうところは○をつけて、みなさん、声に出して読んでください、と書き込みたくなるようなところが、本を一冊書くと3、4カ所ぐらいあるね。

(寺)それは自分の作っているものに対して、自覚的だからじゃないかなと思います。オレはもっと無自覚で、もう右手だけで走っている感じです。

(獏)描くのが早いよね、基本的に。後楽園ホールに一緒にいくと、寺田克也はいつもスケッチブックを持ってきて絵を描くんだ。目の前の試合をさらさらと。動いている場面をさっと止まっている絵にとらえるのはすごいよね。

(寺)だいたい人間のからだは分かっていますから、ここがこうなっているよねと…。そうすればうそを描いても横で見ている人には分からないんですよ。

(獏)以前、シルクロードに行ったとき、発掘現場に屋根をつけてミイラを展示してある場所があって、そこは撮影禁止だったんだけど、寺田克也がさらっと絵にしたんだ。

(寺)あれは、あそこを出てからスケッチブックをひろげたんですよ。

(獏)そうだった。オレはそれを見て、写真よりもリアルな絵だなと思ったんだ。

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別巻17 手塚治虫のマンガの描き方 (手塚治虫漫画全集)

別巻17 手塚治虫のマンガの描き方 (手塚治虫漫画全集) 著者:手塚 治虫 出版社:講談社

オリジナリティーにこだわらない

(寺)ふだん見ているものの質感やディテールは自分のなかにストックとして入っているんです。子どものころに読んだ『手塚治虫のマンガの描き方』に、見たものを描いてみようとか、ふだんからこれはどうなっているのか考えてみようという言葉があって、そのまま試していたんです。
(獏)おもしろいのは手塚治虫の本からスタートして、今の絵にたどり着いたことだよね。

(寺)手塚治虫は大事な存在で学んだことはいっぱいありますね。手塚治虫の言葉を絵を描くひとつの基礎として、いちばん影響を受けたのはフランスのマンガ家メビウス(ジャン・ジロー)ですね。高校時代には加藤直之さんの絵が好きでした。そういうさまざまな影響のもとで育って自分の絵にたどり着いたと思います。誰が欠けても自分の絵にはなっていなかったんだと思いますね。
 自分のオリジナリティーにこだわっていたのは10代、20代のころですね。いまはあまりオリジナリティーという意識はない。自分ができることは、自分がもらってきたものでなんとか作り上げてきたフィルターを通して次の世代に何か残していく作業だと思います。

(獏)若いころは何でもできると思っていたんだけど、最近はできないことはできないなとあんまり考えなくなった。現場で書いていることの方がおもしろいし、あんまり考えずにやりたいことをやって、死ぬまでできるだけたくさん書こうと。オリジナルがあるかどうかではなく、あればいいなぐらいで。
 オレの感想で言えば、寺田克也はずば抜けたオリジナリティーがあると思うよ。

(寺)自分では分からないことですよね。

(獏)分かり過ぎちゃってると気持ち悪いしね。

(寺)かわいいと分かっていて、それを武器にしている女の子みたいな…。
(獏)適切だねえ、たとえが。

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西遊妖猿伝 西域篇(1) (モーニング KC)

西遊妖猿伝 西域篇(1) (モーニング KC) 著者:諸星 大二郎 出版社:講談社

オレが言うのもなんだが……

(寺)「西遊記」は手塚さんだけでなく、マンガにもたくさんなっています。藤原カムイさんの『西遊記』とか諸星大二郎さんの『西遊妖猿伝』とか。諸星さんの『西遊妖猿伝』があるからオレがマンガにする必要はなかったんですが、諸星さんが描かないバイオレンスの部分は描けるかなと思ってやろうかなと思ったんです。

(獏)諸星さんも長い中断を経て、再開しましたね。やっと唐の国を出て西域に向かっています。あれはほんとに楽しみな作品です。そういえば『大猿王』の3巻はいつごろでるの?

(寺)3巻は今年、来年で作業して2年後ぐらいですね。

(獏)オレは2巻目が出るときもそんな話を聞いた気がするけど、たしか10年間があいたよねえ。

(寺)ええ、この話はこのへんで。がんばります。

(獏)まあ、オレが遅いというのもなんですが…。では『十五夜物語』についての後編はまた8月に掲載しましょうか。

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