獏さんのまんが噺 8

 「獏さんのまんが噺 8」は萩尾望都さんの『訪問者』(小学館文庫)を紹介します。萩尾さんの初期の名作『トーマの心臓』に登場するオスカーの生い立ちを描いた作品で、若き獏さんが「まいった」と感じ入った傑作です。
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ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。新刊に『宿神』がある。
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 過去の主な連載はこちら。第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)第5回(『ガラスの仮面』)

訪問者 (小学館文庫)

訪問者 (小学館文庫) 著者:萩尾 望都 出版社:小学館

 ――萩尾さんの作品は『ポーの一族』に続き、2度目の登場です。もう、どんだけ好きなんですか。

 若いころの刷り込みもあるけど、尊敬しているというレベルだね。冗談ではなく手塚治虫さんが亡くなったあとの日本を代表する漫画家を1人あげるとすれば、オレは萩尾さんだと思うんだよ。売れている人、人気がある人はいっぱいいるけど、小説でいう「国民作家」というレベルの人は萩尾さんしか思い浮かばない。
 どこかの雑誌の対談かインタビューで手塚さんが「メジャー」ということについて、「ぼくの代わりはいません」と言っていたんだ。売れて、読まれるのは最低条件で、内容が優れていて、同時代社会への見識があって、世界と対等に話すことができる。マンガのことしかしゃべれません、というのではなく、「宇宙ってなんですか」って問われたときにきちんと自分の考えを述べられて、「戦後50年への思いは」と問われてもちゃんと答えられなければならない。手塚さんはそれができたんだね。
 キューブリックが「2001年宇宙の旅」のデザインを手塚さんに頼んだように(忙しくて断っちゃったそうですが)、同時代の世界と対等におつきあいできる「メジャー」なマンガ家だったんです。そういう人は「ぼく(手塚)以外にいない。代わりはいない」と言ったんだと思います。
 萩尾さんもまた手塚さんがそうであったのと同様な意味で「メジャー」をになえる方だと思います。3・11後に原発を題材にしたマンガ『なのはな』を出し、先端の演劇人がコラボをしたがり、バレーなどの芸術から仏像などの日本文化についてまで語れる。マンガのすぐれた書き手はほかにもいますが、この存在感に並ぶ人は見あたりません。
 萩尾さんの作品は、どれもすぐれた感性がうかがえて、これだけの心理描写ができるのかと驚きます。それに、萩尾さんは、絵柄にしても、心理にしても、ファンタジーやSFを描いていても、人間のリアルが物語の底にあるんです。絵も、関節をきちんと描いて、こういう風に体は曲がらないというような描写がない。少女マンガで成功した多くの作品はリアルを捨てるところから出発するんですが、萩尾さんはそうじゃなかった。

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トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)

トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル) 著者:萩尾 望都 出版社:小学館

 ――それが萩尾さんの作品に「文学性」を与えているんですね。

 うーん。こういうときに「文学的である」と言ってほめるのはどうかなあ。もはや「すぐれたマンガ作品である」とするだけでいいんじゃないかな。
 オレもついそういうほめ方をしちゃうんだけど、わざわざ文学と比べないでいいんだよ。評論を書く人もそういう価値観で比べるべきではないときっと分かってるんだと思うけど、社会がマンガについて共有している知識が文学ほど深まっていないから「文学性がある」「純文学的」なんてつい表現しちゃうんだね。ほんとは「マンガとしてすぐれた作品」と言うだけでいいんだよ。 

 ――面白いものはすべてフラットに受け入れてきた獏さんらしいですね。

 自慢じゃないけど、オレは少女マンガはある時期、手に入るものは全部読んだよ。SFも好きだったし、格闘技も好きだったけど、今思えばあらゆるものを権威主義的に区別をしないというのが自分のスタイルだったのかなあ。

 ――かっこいいなあ。ところで、萩尾さんにサインをねだったことがあるって噂は本当ですか?

 ははは。サインだけじゃなく、何度かオスカーと『ポーの一族』のエドガーの絵を描いてもらったんだよ。今も家宝としてとってありますよ。オレが作家になる前から愛読してきた人だから「萩尾さん、お願いしますよって」ってこの時はファンとして頼んじゃう。
 萩尾さんに頼むぐらいオスカーは大好きなんだ。けなげでねえ……。『トーマの心臓』を読んで、ちょっと不良のオスカーを知っていたから『訪問者』を読んだときはやられましたよ。もう読んでいる間じゅう「砂の器」の音楽(「宿命」)が鳴り響いていて……。えっ、オスカー、おまえはそういう苦労をしてきたのかと。自分の知り合いの思いがけないつらい過去を知ったときのような衝撃でした。

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なのはな (フラワーコミックススペシャル)

なのはな (フラワーコミックススペシャル) 著者:萩尾 望都 出版社:小学館

 『トーマの心臓』はシュロッターベッツというギムナジウム(ドイツの中高一貫校)を舞台に、トーマという少年が自殺をしたところから始まります。主人公のひとりユリスモールとトーマそっくりの転校生エーリクにちょっと不良っぽいオスカーも加わって、物語が進んでいきます。それぞれの心理描写が見事なうえに、最後まで読むとすごい構造が浮かんでくるんだな。
 そのなかでオスカーの過去は、ちょっとだけしか紹介されていないんだ。きっと、萩尾さんはオスカーのことを描いていて気になっちゃったんだね、この子はいったい……と。
 オレも「サイコダイバー」シリーズの「美空」という天才的な僧侶で無痛症の男がどうにも気になって、外伝を書いたことがあるんだ。

 ――もともと頭のなかから出てきたキャラクターなのに「気になる」って、どういうことなんですか?

 そうだねえ。書いていてキャラが立ってしまって、こいつの過去はどんななんだろうかとか、ふだん何をやっているんだろうかというのが気になってくるんだけど……。なんでかなあ、思いがけず自分の深いところに根ざしているのかもしれないなあ。
 萩尾さんがオスカーが気になるのは、きっと「家族」という問題意識だよね。萩尾作品の多くは、家族、なかでもお父さんが大きなテーマになっているケースがある。『訪問者』もオスカーの父が妻、つまりオスカーの母を殺してしまって、父子2人であてのない旅に出る物語だからね。
 旅から旅へと放浪が続くんだけど、お父さんとしては贖罪(しょくざい)の旅だったんじゃないかな。数年後を描いた『トーマの心臓』のなかではギムナジウムにいるオスカーに「(お父さん死んだの?)うん、たぶんね」と言わせてるんだよね。本当に死んでいるかどうかは分からないが『トーマの心臓』のなかのオスカー的には死んでいるという認識での話なんだ。
 家族がうまくいったり、いかなかったり。ギムナジウムのなかの関係もいい関係もあれば、悪い関係もある。そんな関係を丁寧に見つめているんだ。

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魔獣狩り外伝―聖母隠陀羅・美空曼陀羅 (ノン・ノベル)

魔獣狩り外伝―聖母隠陀羅・美空曼陀羅 (ノン・ノベル) 著者:夢枕 獏 出版社:祥伝社

 ――獏さんの小説世界とはずいぶん離れた世界のような気もするのですが…。

 うーん。でも、ウェット(感傷的)なところは似てますよ。同じウェットでも、オレのウェットはだらしないところがあって、萩尾さんの方がシビアだよね。たとえば、『訪問者』に収録されている作品でいえば「エッグ・スタンド」で物語をひっぱってきた少年を上手に殺すんだよ。オレなんかできないもの。ぼくがやるとしたらしょうがないなあ、殺さないと物語が終わらないしなあ、としぶしぶですよ。萩尾さんは、その点表現者としてしっかりとした場所に立っている。ぼくのは、格闘技小説でも意外と人が死んでないでしょ。それに比べると萩尾さんのウェットなようでいて、シビアな物語はすごいですよ。
 萩尾さんの同期のマンガ家の方たちも、だんだん作品を発表しなくなっているなかで、萩尾さんは今も現役だよね。きっと描かねばならない宿命をしょっちゃってるんだよ。これは病気だから、治らないから書き続けるんだ、ぼくらは。
 オレもなんだか80歳ぐらいまで書き続けそうだね。

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陰陽師―天鼓ノ巻 (文春文庫)

陰陽師―天鼓ノ巻 (文春文庫) 著者:夢枕 獏 出版社:文藝春秋

 ――獏さん、先日のバート・シーガー・トリオとKy.とコラボした陰陽師「霹靂神(はたたがみ)」の朗読では、こんな楽しいことはないって顔してましたよ。締め切りを過ぎて「陰陽師」の原稿落ちそうだったのに…。

 いや、あれは楽しかった。小説を書くことが一番楽しいんだけど、やっぱり孤独なんだよ。たまに明るい場所で違う世界のトッププレーヤーと一緒に仕事をするとエネルギーがわいてくるね。バート・シーガー・トリオの新譜「OPEN BOOK」のライナーノートに寄稿したことだけど、やっぱり「ことば」なんだと思ったよ。さまざまな芸術をつなぎ、手渡すときには、ことばが必要で、もしオレのことばが役に立つ場面があるなら協力したいなと思っているんだ。音楽なんて分からないと思っていたんだけど、ジャズのライブですごい即興に出会ううちにそんな風に思うようになったんだ。

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